教育

固定概念のリスク!

人は,多くの固定概念に囲まれて生きている。

過去の経験や慣習,周りの人の価値観等,本当に色々なものに囲まれている。

そして,そのような固定概念を当たり前と思い,そこに疑問を抱かなくなっている。

なぜそうしているのかとふと自分に問いかけると

みんながそうしているから,

過去の慣習だから,

という,理由でない理由が返ってくる。

ここに,疑問を持つことが,考えることのスタートなのだと思う。

何故という問いかけが必要なのだと。

最近子育てをしていて,2歳の長男が,

よく私に,なんでと聞いてくる。

なんで,人がいっぱいいるの?

なんで,みんな車に乗るの?

すべてにおいて,なんで,なんでと聞いてくる。

そんな問いに,なんでだろうねと答えたり,適当な回答をしている自分がいる。

ただ,そんな子供の純粋な,固定概念のまったくない疑問に,

大切なことを思い出させてもらっている気がする。

なんで大人になるとそのような純粋なものの見方ができなくなるのだろうかと。

もっと,純粋に,何の色眼鏡もなく,物事を見ることができれば,どんなに素晴らしいかと。

新しい変化を生み出すときには,既存の仕組みに対する疑問が大切だと思う。

その目的の本質を見直し,

今,なぜこうやっているのか?

もっといい方法はないのか?

一旦,今までの価値観をリセットして,頭の中を空っぽにして,考えてみることの必要性を。

何か,私も含めて,大人になると,固定概念に縛られ,

現実を知っているかのように思ってしまうことが多い。

わかった風に思ってしまう。

例えば,弁護士の先生と聞くと,論理はで,気難しい,というイメージがあるかもしれない。

これも完全な固定概念である。

そうでない弁護士の先生もたくさんいる中で,そのような固定概念で見てしまうので,ますますそう思い込んでしまう。

血液型もその一つだと思う。

O型だと,おおざっぱとか。

そういう視点で見るので,その固定概念にかみ合うところだけを抽出し,ああO型だからとさらに思ってしまっているのだと。

実際私はO型ですが.....。

そうではなく,何かを生み出す人というのは,

固定概念を捨てることの大切さを実感しているのではないかと。

何事も先入観を持たずに見れるのではないかと。

自分も固定概念に支配されて考えてしまうことが多い。

もっと,柔軟に,先入観を持たずに,ゼロベースから考える習慣を身に付けようと思う今日この頃である。

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楽しく生きるために!

楽しく生きる

あなたの人生の目的はと聞くと

本当に多くの人が、楽しく生きたいと答える。

では、具体的にどう楽しく生きたいのですがと聞くと

なかなか答えが返ってこないことが多い。

これは、楽しさという言葉が、非常に抽象的であるがために、

目的が具体化されないのだと考えている。

では、楽しさとは何なのか。

私は、大きく二つに区別している。

一つは、外部からの受身で楽しいと感じるもの

これは、ゲーム・漫画・パチンコ・趣味・テレビ等の娯楽に相当するものが該当する。

このようなものは、その時は楽しいし、心身共にリフレッシュできる。

そのため、余暇としての娯楽は、非常に大切だと思う。

しかし、この楽しさだけを楽しさと思い、ひたすらそれを追いかけてしまうと危険である。

なぜなら、そのようなものは、やればやるほど楽しさが弱まってしまう。

3年間毎日やり続けたら楽しくなくなってしまう。

このように、楽しさを外部要因に求めていると、一生それを追い求め続け、

日々、楽しさを感じていない時間のほうが多くなってしまうと思う。

もう一つの楽しさは、何かに本気で取り組み、達成感や充実感を伴う楽しさ。

仕事でも、趣味でも、

この楽しさは、本気でやらないと感じれないことと、心のスタンスに大きく起因している。

どのように取り組み、どのように考えているかという気持ちの持ち方が大きく影響してしまう。

さらに、結果が伴うことも大切。

やはり、結果が伴わないとなかなか楽しくない。

ただ、この楽しさの重要なところは、

本気でやり、取り組み方等の心も持ち方をしっかりと備えることで、結果も出やすくなり、

何をやっていても楽しさを感じれることだと思う。

つまり、自分で、主体的に楽しさをどんどん創り出すことができる。

外部からの受身の楽しさは、日々、何か楽しいことはないかなと探し、楽しいことが急に現れることを期待して待っている状態。

この状態だと、日々、外部的に楽しさを提供してくれる娯楽を探し、その娯楽をやっている瞬間は楽しめるが、その他の時間が楽しさを感じれないことが多くなってしまう。

対して、主体的に楽しさを作り出せる場合には、娯楽がより楽しくなるのはもちろん、仕事、趣味、人付き合いなどのすべてのことで楽しさを感じれるようになれる。

自分の考え方スタンスを変えることで、何事も楽しく取り組むことが可能になる。

このような状態がほんとに人生を楽しく生きているということなのではと感じている。

楽しいことを探すのではなく、自分から楽しむようにする。

だからこそ、何をやるのかではなく、どのように取り組むかスタンスの問題なのだと。

そして、何事も楽しむための、取り組み方や考え方を備えるための大切な要素が、

目標があることなのだと考えている。

目標があるからこそ、本気になり、取り組み方や心の持ち方もより洗練されていくと。

だからこそ、目標を持ち、主体的に自ら考え、行動する。

そうすることで、どんどん楽しくなっていくのだと!

本当の楽しさは、充実感や達成感というものと合わせて感じるものなのだと思っています!

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幸せとはなんでしょうかね!

人は,幸せになりたいと思って生きている。

ここに多くの人は異論はないと思う。

ただ,幸せが何なのか。ここが抽象的ではっきりしない。

だから,何のために生きているのかと人生について考え,悩むのだと考えている。

ですので,

本日は,幸せとは何かということについて,色々述べてみたいと思います。

(最近,幸せってなんですか的な問いがいくつか来たので)

まず,幸せというのは,心の中にあるもの。

どのような状態を幸せと捉え,不幸せと捉えるかは人によって違う。

唯一絶対の幸せの形は存在せず,価値観・環境によっても左右される。

何に感動し,何に喜びを感じ,何に心が満たされるのかという問題。

ただ,それを一般化している,マズローの欲求段階説が参考になると思う。

心理学者アブラハム・マズローは,人の欲求を5段階に分けている。

1.生理的欲求

  生命を維持するための食事・睡眠等の本能的欲求

2.安全の欲求

  安全・安定した状態を求め,不安や危険から自己を守る欲求

3.所属と愛の欲求

  生理的欲求と安全の欲求が満たされると,現れる欲求

  集団に属し,愛を与え受けたいという社会的欲求

4.承認の欲求

  自分が集団から価値ある存在と認められ,尊重されることを求める欲求

5.自己実現の欲求

  自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し,具現化していきたいという欲求

このすべての欲求が満たされれば,当然幸せを感じるわけであるが,程度の問題が生じる。

私は,幸せを感じるためには,健康と経済的に,自分が生活することに困らず,人の役に立つことであると思う。

ただ,健康の求めるレベル

    経済的に求めるレベル

    人に役立つことに求めるレベル

に対して,個人差があるので,幸せの定義が抽象的になっている。

また,まずは,健康と経済的に自分が生活するに困らないことを確保した中で,どう人の役に立つか。

その上で,経済的な目標は大切ではあるが,それが最優先にならない方がいいと思う。

まず,自分が生きていくために困らないようにするためのお金は大切。

しかし,お金至上主義の先に幸せはないと思う。

10億持っていようが,100億持っていようが幸せでない人は幸せでない。

これが,経済的な欲求だけではいけないことを示していると思う。

だからこそ,人との繋がりが大切だからこそ,

人にどう役立つか,社会にどう役立つかということが大切。

理不尽で明らかに間違っていることに対して,純粋に直そうという想い。

その時に,家族・仲間・地域・社会のどのレベルまで役に立ちたいのかは価値観だと思う。

1人の役に立てばいいのか,100人の役に立ちたいのか,1,000人の役に立ちたいのか

そのために,どのような能力を高める必要があるのか。

ここを考え,行動することだと思う。

どれが正しいわけではない。ここは価値観の問題なだけ。

私は,有事に強くなることを意識している。

何かが生じ,自分の無力さを感じることがある。

もっと自分に力があれば解決できたのではないかという後悔を少なくしたいと思っている。

何か起こった時に,それを解決できる力を付けておく。

そのために,仲間からの信頼はもちろん,自己の能力も専門知識,人格,問題解決能力等を日々磨くことに意識を置いている。

何をやっているかが問題ではなく,

どのような仲間と

どのような意識で取り組んでいるかが大切だと思っている。

よく,仕事がつまらないという人もいるが,

つまらない仕事などないと思っている。

すべての仕事で,社会への役立ち方はある。

また,そこで出会う人々と,信頼関係を築き,いい影響を与えることもできる。

そのような,社会に役立つ,人として成長するためにという目標を持って,仕事に取り組めば,どんどん楽しくなってくると思う。

取り組み方次第で,楽しくなるか,つまらなくなるかが変わるのだと思っている。

また,仕事にそのように取り組む結果として,人として成長し,プライベートでも信頼関係や絆が強固になり,人の役に立てることが多くなると思う。

だからこそ,生理的欲求や安全の欲求が満たされているのであれば,後の3つの欲求はすべてセットで高めていけばいいと思う。

能力を高め,様々なコミュニティーに属し,色々なことで,役に立てるようにする。

その過程で,人との絆や自己実現欲求が高まっていく。

私は,家族,仲間が困った時に力を発揮できる人間でいたいと思っている。

また,その力を発揮できる範囲が,10人よりは100人 100人よりは1,000人とどんどん広げていければより良いなと思っている。

そのために,日々様々な能力を磨いていきたいし,人との出会い,つながりを大切にしたいと思っている。

具体的な活動など何でもいいと思う。

そういう気持ちで取り組んでいけば,常に充実し,幸せを感じることができるのではないかと思っている。

最後に,幸せと思うか思わないかは,すべて気持ちの持ち方次第。

現状で満足することもできるし,もっと向上心を持って取り組むこともできる。

その時に,一生に一度の人生なので,向上心を持って,できることの範囲を広げていくことを追求していいのではないかなと思っています。

こんな感じが,私が考える幸せに対する考え方です。

ひとり一人幸せに対する考え方は違うと思いますが,何か一つでも参考になれば幸いです。

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なぜ今の時代に自立が求められるのか!

最近自立した人が求められているといわれる。

これは私個人も強く想っている。

自立した個人

これは,人生の目的を考え,自ら行動し,主体的に生きていける人だと考えている。

どんな状況からでも,望ましい未来を切り開いていける人。

この時に,人は何のために生きているのかということになる。

この問いに対する答えは,

『幸せになるため』

ではないかと思っている。

幸せとは,心の中にあるものであり,時代,価値観によって変わるもの。

従来の日本は,高度成長期を経て,欧米に追いつけ追い越せという目標があった。

その結果,世界第2位の経済大国まで発展し,物質的に本当に豊かになった。

この時代における,人々の幸せは,

企業に入社し,懸命に働くことで手に入っていた。

家族を持ち,マイホームを買い,老後を不自由なく過ごす。

こんな,最大公約数的な幸せを多くの人がめざし,懸命に働いていたのではないかと思う。

だからこそ,その時代の自立とは,

いい大学を卒業し,一流企業に入り,定年まで勤め上げることで,良かったのだと思う。

多くの人にとって,望ましい社会とは何か,何がしたいのか,何のために生きているのか,等について考える必要もなかったのではないか。

それは,会社に任せておけば,国に任せておけば,あとは何とかしてくれるという安心感が支えになっていたのだと思う。

みんなで同じ方向を向いて,頑張ることで幸せが手に入っていた時代。

その前提が,バブル崩壊から20年経過した現在では崩れ去ってしまっている。

未来永続的に経済成長していくという神話が崩壊し,少子高齢化で社会保障もどうなるかわからない。

よって,会社に依存することも,国に依存することもできない,将来が来るのではという不安に襲われている状態。

依存できない社会になっている。その結果,現在多くの人が悩んでいる。

先進国であり,食べていくには不自由なく,今日何するかの自由もあるからこそ,

余計に悩んでしまうのではないか。

その最も大きな原因は,従来の,なんとなく社会のレールに乗っていくという生き方が難しくなっていること。

一流大学を卒業し,一流企業に就職し,定年まである程度の収入を確保し,マイホームを購入し,老後を悠々自適に生きる。

このような多くの人が描いている夢が,今は,達成するのがとても困難な時代になっている。

その門が狭くなってきているのにもかかわらず,この時代の変化を見て見ぬふりをし,

まだその夢を追いかけ続けている。

狭まる門に何とか自分だけは入りたいともがいている。

その結果,苦しみ,悩み,葛藤している社会人が多いのが現状ではないか。

100万人以上のうつ病患者や,毎年3万人を超す自殺者が生じる現在は,やはり大きな問題を抱えていると言わざるを得ない。これだけ経済成長し,物的に満たされながら,我々人類の心は,どれだけ幸せになっているのだろうか。

私個人の意見では,どんどん幸せではなくなっている気がしている。

将来に対する不安,これからどうすればいいのかという答えの見つからない問題にぶつかっている現在。

私は今の世界の状況を見て,変わらなければいけないタイミングに来ていると思っている。

経済成長至上主義の結果,いま世界はマネー資本経済と化し,資本主義経済の問題点を浮き彫りにしている。

地球の資源をむさぼり,ひたすら,お金と利便性を追求してきたこの数十年。

実体もない,サブプライムローンのような金融派生商品を次々に開発し,はずれくじを引くまで,マネーゲームを行う。

正気の沙汰とは思えない。金の亡者となっている。

そろそろ,大きな転換期に来ていると思う。

経済成長至上主義から,持続可能な地球との共存共栄の社会へ。

明治維新ほどの大きな転換期が来ていると思う。

そんな時代だからこそ,自立がより強く求められているのだと思う。

どうすればいいかという答えがなく,会社に依存することも国に依存することもできない時代。

人任せにしては生きていけない時代が刻々と進んでいる。

どういう社会を創っていくのか。

子供・孫の次世代にどのような社会を残していくのかを我々ひとり一人が考えることが求められている。

だからこそ,そろそろ,見つめなおさなくてはいけない。

何のために生きて,どうするべきかを。

そのためには,ひとり一人が自立しなければいけない。

何かに依存しながら生きるのではなく,自ら主体的に生きていくことが求められる。

人が,人とつながり,幸せを感じ生きることができる社会。

便利さを追求するのではなく,幸せを追求する社会。

私は,そのためには,これからの社会を担っていく,20代,30代がしかっり考えていかなくてはいけないと思っている。

どのような社会にしていくのか,そのために,何をするべきなのかを。

そして,その前提としては,今の社会の問題点をしっかりと議論し合うことだと思っている。

過去の歴史を振り返り,現在の問題点を把握する。

その上で,望ましい未来を議論する。

そうすれば,自ずと,我々がやるべきことが見えてくると思っている。

幸か不幸か,我々はこの時代に生きている。

従来のマネー資本主義社会からの転換期に。

だからこそ,依存ではなく,自立が求められる時代なのだと感じている。

私は,何も悲観的になっているわけではない。

我々の世代が,この現実に目を向けず,あと20年先送りすることもできる。

その結果,ますます状況は悪くなり,次世代にすべての付けが回ってしまう。

だからこそ,我々の世代で,この流れを断ち切るべきなのだと思っている。

子供たちにもっと良い社会を残すために。

自分さえよければ,成長至上主義,利己主義から

共存共栄,人と人との繋がりを大切に,利他主義の社会へと。

これ以上経済成長する必要もない。これ以上便利な生活を求める必要もない。

もっと,人と人との繋がり,家族,友人,地域社会そういったものを重視する価値観へ。

先進国が率先して,変わるべきだと。

世界中で幸せな人が一人でも多く増えるように,変わることなのだと思う。

こんな話をすると,バカでしょという人も多くいる。

資本主義経済が変わるわけないでしょと。

私はそうは思わない。

今のような資本主義の行き過ぎた形の歴史は,僅か50年の歴史しかない。

人類の過去の歴史から見れば,本当に短い。また,1,000年後から見れば,歴史の教科書にも過度の資本主義の混迷の時代と記されている程度の短い期間だと思う。

問題のある制度は,必ず衰退し,変われると思っている。

その時代に生きる人の考え方が変わりさえすれば。

そんな時代になっている気がしてやまない最近である。

みんなで,一緒に考えていきたいと思っています。

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感情論ではなく論理的に判断する!

今日,消費税の増税法案が可決されました。

増税に伴う,景気低迷の問題,増税がすべて高齢者に対する社会保障に充てられる等の問題はありますが,

財政破綻を回避するために,まずは財政への国際的信任を高めるためには,致し方ないのかなと思っています。

その上で,増税を行った今後,

社会保障の一体改革,少子化対策への支出のシフト,地方分権,エネルギー問題,公務員改革,教育改革,外交問題,円高対策などの成長戦略等,課題は山積みですので,

それらの諸課題について,どれだけ取り組んでいけるのかを見極めなければいけないと思っています。

増税だけして,それらの課題が先送りされると,増税だけが繰り返されるという悪循環に陥り,それこそ,国家はますます衰退してしまいます。

その上で,あえて,感情と論理の関係を述べたいです。

今回の増税や昨今話題のエネルギー政策についても,どうも感情論の域を出ない議論が多いと思っています。

目の前の課題に対して,好きか嫌いか 賛成か反対かを感情で判断して,

増税反対 増税賛成

反原発 原発推進

という,議論がぶつかり合っていると思います。

人は,最後は感情で動くもの。

感情はとても大切です。

しかし,感情論だけの議論は本当に危険であると思っています。

感情で生きる生き物だからこそ,できる限り論理的に考える意識を持たないと過去の歴史の過ちを繰り返してしまうと。

感情論に伴う議論がなぜよくないのか,

1.物事の一面だけを捉えている

 増税問題にしても,目の前で自分の負担が増えるから反対。これが感情論の最も典型例。

 その感情を正当化させるために,景気が減速する,その前にやることがあるというような理由が後付されている印象を受ける。

 そのような,一面的な面から生じる感情に基づく結論が正しい結論である可能性は高くない。

 

2.100かゼロかの結論になりやすい

 感情論の場合には,賛成か反対かという100かゼロの結論になりやすい。

 本来は,様々な観点から議論がなされ,最適な案を選択することが目的にもかかわらず,極論で決定がなされる可能性がある。

3.当事者の納得がとれない

 感情論で議論している場合,どちらの結論を採用しても,反対側の立場の人の納得を得れていない。

 それは,感情論同士の議論では,決して論理的な説明が伴わないので,不毛の議論になりやすい。その結果,最後は,どちらかの意見を押し切るという結果になりやすい。

4.理由を持っているつもりでも抽象的

 

 感情論を裏付ける理由が色々をと後付で出てくるが,そのほとんどが,抽象的に過ぎない。具体的な数値には一切触れず,感覚論で議論がぶつかる。

 これでは,すべてを感覚で判断しているのと同レベルの議論になってしまう。

 景気が減退,無駄の削減が先,一切数値に触れない理由が多い。

5.長期的な視点が欠ける

 感情論の場合,どうしても短期的な視点が重視される。本来は,長期的な側面も含め,現在と未来の総和が最も大きくなる案を採用すべきであるのに,感情論の場合には,長期的な視点は基本的におろそかにされる。

 今が最優先されてしまうので,最適な案にならない可能性が高い。

 論理的に考えるからこそ,長期的な将来望ましい状態というものに視点が置かれると思っている。

 感情論の議論のデメリットは,本当に様々ある。

 このような話をすると,必ず言われてしまうのは,

 いや,感情もとても大切でしょということ。

 誤解しないで頂きたいのは,感情はとても大切。

 感情が最も大切であり,感情をなくすべきなど言うつもりは毛頭ない。

 人は,最後は感情で判断する。

 いくら論理的に考えても最後賛成・反対を表明するのは,感情である。

 だからこそ,できる限り感情論ではなく,論理的に考えることの大切さを伝えたい。

 感情が大事でしょという人ほど,それを言い訳にし,論理的に考える苦労から逃避ている気がしてならない。

 多角的に,大局的に,長期的に,しっかり考え,

 抽象的ではなく,具体的な数値を示しながら考え,

 その上で,ベストな選択肢を決定し,実行していくことが求められていると思う。

 その時に,日本という国は,感情論が優先される度合いが強い国だと思っている

 世論も本当に,感情論に訴える政治家・マスコミに左右され,大きくブレル。

 風が吹き,一気にどちらか一方に振れたかと思えば,3カ月後には真逆に振れていたりする。

 

 確かに最もいけないのは,マスコミや政治家,官僚等がそういった感情論に訴えること。彼らは,論理的な説明は置いておき,感情論に訴える方が,視聴率もとれ,選挙にも有利であるということを理解している。

 ただ,そのような状況を生んでいるのは,論理よりも感情論に傾きすぎている我々国民が原因であると考えている。

 もし国民がより論理的に考えることの重要性を意識すれば,

 彼らも論理的に説明をせざる得なくなると思っている。

 だからこそ,論理的に思考する,ロジカルシンキングの大切さをあえて強調したい。

 その上で,議論がされることが多くなることが,

 この国の未来のためには,とても重要で,

 一人一人が自立して,幸せに生きるためにもとても大切だと信じている。

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学べば学ぶほど己の無知に気づく!

学べば学ぶほど、己の無知を痛感する。

すべての物事は本当に奥が深い。

また、世の中には様々な分野がある。

学べば学ぶほど、いかに自分が無知であり、

狭い視野や少ない知識にもづいて判断しているのかと思う。

だからこそ、何かの分野で成果を出している人は、

そのことを認識し、謙虚であり続けているのだと思う。

ここに、大きな差が生じるポイントが潜んでいる。

ある程度成果が出たときに、慢心し、成長を止めてしまうのか。

成果が出たときに、もっと成長できると成長し続けるのか。

できたつもりになる、わかったつもりになることは危険だと思う。

スポーツでも、ルールを理解し、楽しくプレーすることはそれほど難しくない。

その素人の段階では、奥深さは良くわかっていない。

しかし玄人レベルになってくると、その奥深さがどんどん広がってくる。

その結果いかに自分がまだ未熟で、もっと成長する必要があることが理解できる。

ましてや、一流というプロレベルの人は、本当に成長したいという想いが強くなっているのだと思う。

だからこそ、謙虚に、一生学び続ける姿勢が大切なのだと。

また、その奥深さがわかればわかるほど、学びたいという気持ちが強くなるのだと思う。

物事の本質を見極め、

物事を多角的、大局的に捉えるために、一生、学び続けたいという気持ちが。

いかに、一人の人間が無知でであるかを理解する。

だからこそ、日々、謙虚に学び続けることが大切なのだと信じている!

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決定と批判の関係!

批判される。

これはすべての人が避けたいと思うこと。

批判されないための最善の方法は、一切、主体的に決定しないこと。

すべての人に八方美人になり、事なかれ主義でいる。

あらゆる人の意見に対して、決して反論せず、うなずいていれば、

批判される可能性を最も低くすることができる。

リーダーでない限り。

しかし、批判を避け、嫌われることを過度に恐れるがあまり、

何も決定しないことは本末転倒である。

そして、決定すればするほど、行動すればするほど、

またその決定や行動が大きなものであるほど、

批判も増えるという現実を受け入れなければいけない。

これは変えることができない。

100人の人が集まり、100人全員に心から賛同を獲るなど、夢物語である。

50人から心から賛同を獲たとしても、10人ぐらいは批判するようになる。

このときに、99人賛同していても、1人の批判が気になってしまう。

人間とは、そういう生き物であると思う。

だからこそ、批判を受けるという事実を認識し、批判を受ける覚悟をもたなければいけない。

多くの成功者も、批判を受けてきている。

皆、批判を受けることに悩んだ時期があると思う。

しかし、その批判に耐え切れなくなって、決定することをやめるか、

批判されるという現実を受け入れ、覚悟を決め、進み続けたのか差なのだと思う。

もちろん、多くの人から批判を受けるような状況は、自らが間違っている可能性が高いので、真摯に耳を傾け、改善するべきだと思う。

また、少数の批判であっても、貴重な意見も多いので、素直に、謙虚に耳を傾けるべきだと思う。

ただ、伝えたいのは、

その批判を受けることを恐れるあまり、止まってはいけないということ。

だからこそ、何事も事を成すと決めたのであれば、批判に屈することなく、進んでほしいと思う。

素直さと謙虚さを失わない上で、自らが信じる道を進んでいくことが大切である。

決定をする以上、批判に耐える覚悟は、大事にしてもらいたい!

何かに取り組んでいるすべての人にもう一度伝えたい。

批判に負けないでほしい。

すべての成功者が通ってきた過程なのだから!

 

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目標設定方法の誤解!

目標を設定する。

このことの重要性に疑いを持つ人はいないと思う。

目標を設定し,現状を認識し,そのギャップを埋めるための手段を考え,実行する。

この単純な法則のスタートが目標の設定である。

今日は,目標の設定方法の誤解について,述べようと思う。

1.目標が抽象的になっている!

 これは,本当に多くの人が陥っている状態だと思っている。目標を設定しているが,抽象的で具体性が ない状態。

 たとえば,人として成長したい,リーダーシップを発揮できるようになりたい,会計士試験に合格したい,一流企業に就職したい。

 これでも,すべて抽象的である。

 たとえば,リーダーシップを発揮したいのであれば,

 どのような組織で,どのような人数に対して,どのような価値観の人に対して,というように具体的に設定することが大切。

 10人に対するリーダーシップと1,000人に対するリーダーシップでは求められるものが違うので。

 そして,その目標を明確に具体的に設定するからこそ,

 そのために必要な要素がはっきりしてくる。

 信頼されること,多様性を理解すること,大義がしっかりしていること 等々

 さらに,その要素を細分化する。

 信頼されるためには,

 日々の言動の一貫性

 誠実さ

 結果を出すこと 等々

  

 その要素が明確になると,その要素を身に付けるための手段が明確になる。

 だから毎日○○しよう。

 ○○をこう改善しよう。

  

 このように目標を具体的に設定するからこそ,適切な手段を導き出すことが可能になる。

 多くの目標が,その具体性がない。

 抽象的な目標では,一生達成できない。

 なぜなら,達成するための手段をとれないので。

 だからこそ,目標を具体的にしっかりと定めることは本当に大切だと思っている。

2.期日が曖昧になっている!


 期日を設定することはとても大切。ここの疑いを持つ人もいないと思う。しかし,本当に期日を明確に設定し,かつ,その期日にこだわりを持っていることが多くない。

 

 具体的に落とし込んだ手段ごとに期日をしっかりと設定し,かつ,その期日に強いこだわりを持たなければいけない。

 ここが曖昧だと,必然的に,惰性になる。

 この時のポイントが,最終目標の期日だけでなく,細分化された手段ごとの期日が明確に設定されているかどうかであると。

3.利己主義の目標になっている!


 自分のための目標であると,必ず妥協する。お金を稼ぎたい,権力を手に入れたい。こういう自己の目的のために,行動していると,自分さえあきらめてしまえば済んでしまうので,どこかで必ずあきらめにつながってしまう。

 ある程度稼ぐようになるとまあ,こんなもんでいいかと。

 そうではなく,目標は,利他主義で設定することが大切。

 お金を稼ぐのも,権力を手に入れるのも,発言力をつけるのも,影響力をつけるのも,それ自体は手段に過ぎない。

 その手段を使い,社会に対して何を提供し,どうしたいのかという想い,志がなければいけない。

 家族のため,周りの仲間のため,地域社会のため,業界,国のため,

 少しでもよい良い社会にするためにという目標がある人は強い。

 この課題に対して,何とか解決したいと思う気持ち。

 最終目標が利他主義であることは,本当に大切な思想だと思う。

 

何かを成し遂げる人というのは,

 とてつもない才能を持っている人でもない。

 とてつもない運に恵まれている人でもない。

 目標を設定するというような,すべての人が知っている基本的法則を,いかに忠実に実行しているか否かなのだと信じている。

 基本を忠実に,根気よく実行することがすべてに通ずることなのだと。

 

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自己肯定感!

子供は夢と自信を持っている。

子供に夢を聞くと,それは大きな夢を語ってくれることが多い。

大人になると,すごく現実的な夢しか持っていない人が増える。

その違いは何か。

社会の厳しい現実を知り,挫折を知り,あきらめたからだと思う。

しかし,夢に向かって,走り続けている大人もいる。

彼らも,社会の厳しい現実を知り,挫折も知っている。

では,なぜその違いが出るのか・

それは,あきらめていないから。

できるかできないかなんて知らない,ただあきらめていない。

いつしかあきらめる人とあきらめない人の差は,

『自己肯定感』『情熱』だと思っている。

まず,自己肯定感。

教育の最重要要素に自己肯定感の醸成があると感じている。

これは,自分を好きであり,自分を信じれること。自分が夢を達成できると信じれることなのだと思う。

子供は,褒められることの方が多く,挫折を経験していない。

だから,愛情を注がれて育った子供は,自分を信じることができる。

大人になると,怒られることや失敗することが増え,自分を否定し,どんどん自信を失ってしまう。

だからこそ,どんなに挫折をし,失敗をしても,決して,自分という人間を否定しない。

悪いのは,自分という人間でなくて,方法論や努力が足りていないということに気づくこと。

ここで,自己否定に結びつけると,あきらめ,マイナス思考になってしまう。

自分の可能性を信じれなくなってしまう。

そうではなく,自分を信じ,必ずできると信じ,方法論や努力を改善すること。

どうすれば,次はうまくいくかを考えることなのだと思う。

この,自己肯定感を持てる人が一人でも多くなれば,明るく,前向きな,楽しい社会にどんどんなっていく。

自己肯定感を醸成するために大切なことは,

1.自分との小さな約束を守ることを積み重ねること

 これは,本当に大切。約束を守らない人のことは信 用できないのと同じで,自分に対する約束を破っていると自分を信じれなくなってしまう。

2.次にどうしたらできるかを考えること

 失敗した場合に,次にどうすればうまくいくかという視点を持つこと。失敗から学び,次に活かせばいい。決して,自分には無理だ。なんて俺はダメなんだという自己否定につなげないこと。

 

3.欠点の克服ではなく,自分の長所を伸ばすことに意識を置くこと。

 できないことを探せばきりがない。そうではなく,できることに意識を置く。長所を伸ばして,自分らしさをより発揮できることに意識を置けばいい。

4.他人と比較するのではなく,昨日の自分と比較すること。

 これは本当に大切。他人とばかり比較してしまう人は,どんどん自己否定になってしまう。なぜなら,あらゆる分野で自分より優れた人は必ずいるので。そういう一つの側面で,自分より優れた人間を見つけ,自己嫌悪になっても何にも意味ない。

 人は,トータルで,オリジナルなのだから。だからこそ,過去の仁より今日の自分が成長しているかに意識を置くべきだと思う。

5.成功体験を積み上げる。

 小さなことから,成功体験を積み上げる。成功したことで,自信がつき,また次の目標へと進むエネルギーになる。また,失敗した時も過去の成功体験が支えてくれる。

 だからこそ,最初は,最終目標をブレークダウンした,目の前の目標を設定し,それを達成する成功体験を積み上げていくことが大切なのだと思う。

 あたかも,ロールプレイングゲームで,レベルを上げる感覚で。

その上で,情熱。

何としても,達成したい。達成すればどんなに楽しくてワクワクするかという情熱を持ち続けることができるのかが,大切。

サッカーの本田選手でも,アップルのジョブスさんでも,

彼らは,情熱を持ち続けた。それが一番大きい。

今我々は,彼らの残した結果を見ている。そうではなくて,そこにたどり着くまでのプロセスを見なければいけない。

本田選手が,幼少期から今日まで,どれだけの挫折をしてきたか。どれだけ多くのものを犠牲にし,サッカーに打ち込んできたか。

その結果として,今の本田選手があるということを。

そこに視点を置くことができる人は強い。

尊敬する人を見て,すごいなで終わらせない。どうすればああなれるのかを考えることなのだと。

人生一回なのだから,自分を信じ,前向きに生きる方が間違いなく幸せだと思う。

どうしても,現実の厳しさを知ると,色々な言い訳をつけ,自分を納得させ,多くのことをあきらめてしまう。

その違いを生み出すのが自己肯定感だと信じている!

自分を信じて,進んで行ってほしいなと思っています。

(自戒の意味も込めて!)

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日本の教育制度について!

日本の教育制度について,教育改革が必要だという声が高まっています。

私もそう思っている一人です。

今日は,日本の教育の現状と課題について,考えていきたいと思います。

まず,教育の目標は,

自立した,主体的な,前向きで,人としての正しさを持った人を育てることだと思います。

これは,教えることも大切ですが,自らが,そうなりたい,学びたいと思う環境を提供することだと思っています。

今の日本は,まず,世界最高峰の教育水準を有しているということ。

これは,日本の教育水準の平均値は,読み書き,読解力,算数的な力,多くの分野で,世界から賞賛を受けています。

この平均的な教育水準の高さは,日本の戦後の高度成長期を経て,世界第2位の経済大国にのし上がった大きな推進力であったと思います。

義務教育をほとんどの国民が受けれる環境で,知識を詰め込む教育。

このことは,多くのメリットをもたらしてきました。

高度成長期においては,皆が横並びで,頑張れば成長する時代。

個性を出さなくても,大企業に就職し,会社の方針に従い,その中で努力すればよかった時代。

当時の時代背景においては,戦後GHQが行った,没個性,没愛国心の教育がうまくはまりました。

その結果,日本はバブル経済をむかえ,本当に豊かな国になった。

明日の食べ物に困ることがまずなくなった。

しかし,時代は変わりました。

バブル崩壊後の失われた20年を経て,今後さらなるグローバル社会での競争にさらされていきます。

変化のスピードも速い時代です。

今後の時代では,求められるのは,

自ら考え,自ら行動できる主体性のある人

他人依存(国が会社が何とかしてくれる)ではなく,自立した人

地域社会,業界,国といった社会に対して,どうするべきかを考えれる人

どんな状況でも,前向きに行動できる人

だと思います。

もう,一流企業に就職したので,一生安泰という,会社に依存する生き方は難しい時代になっています。

時代の変化に合わせ,自らも変化させることができるようにならなければ,これからの変化のスピードが格段に進む中で,なかなか厳しくなっていくと思います。

そのためには,考える力を養うこと,人としてどう生きるべきかを考えること,自分が何をするべきなのかを考えれる人を育てる教育が必要なのだと思います。

もちろん,従来の知識を詰め込むことも大切。高校の教育までのこの詰込は大切だと思います。

だた,論理的思考力を養う訓練や人としての正しさを学ぶこと,自立することの大切さを学ぶことが軽視されていることが課題なのだと思います。

そのために,わたくしは,以下のような改善が必要だと考えています。

1.大人が見本になること

  子供は大人や社会の鏡だと思います。自立した主体的に生きる子供を育てるためには,大人がそう変 わらなければいけないと思います。自分で考え,自分で正しいと思うことに取り組む姿勢を見せる。チャレンジし,失敗してもそこから学び成長する姿勢を見せることなのだと思います。

 いくらそのようなことを子供の伝えても,大人が実行していなければ伝わりません。子供はよく見ていると思います。そのためにも,大人が,外部環境に文句を言うのではなく,自分が何をできるのか,自分が何をすべきなのかを,前向きに,主体的に考え,実行することだと思います。

2.論理的思考力や人としての正しさを教える授業を高校までに導入する


 高校までの教育カリキュラムに,論理的思考力を養う授業や人としての正しさを教える授業を組み込むべきだと思います。

 1時間あるテーマについて,ディスカッションを行い,グループごとに発表し,レポートを作成する等の教師の講義を一方通行で聞く受け身の授業でなく,自ら考え発言する授業を組み込むことが大切だと思います。

 また,テーマも社会問題や人としての生き方など,多種多様なものにし,そのような議論の中で徐々に人格が形成されるようにすべきだと思います。

 その上で,専門知識は大学等の高等教育で再度詰め込むべきだと思います。やはり,大学等の将来を真剣に考える年代になった時にこそ,目的意識や学ぶ意識が高まるので,その段階で,自分の選んだ分野の専門知識を再度しっかりと学ぶ。そこに,ディスカッション形式等も盛り込むことで,論理的思考力にも磨きをかけることが大切かなと思います。

 高校までは一般教養を詰込,高等教育でこそ専門知識を詰め込む。そこに論理的思考力等の授業を組み込むことなのかなと思っています。

3.教師の質を高める

 教師は,本当に大事な職業だと思います。子供は,親や周りの大人から大きな影響を受けます。その中で,教師から受ける影響も少なくありません。

 だからこそ,人格に優れた,教育に情熱を持った教師を増やすこと。また,そのような教師が,教育委員会や保護者の顔色をうかがうことを優先しなくて済む体制を整えること。

 また,志の高い教師に裁量権をある程度与え,創意工夫ができる余地を作り,そこに公平な評価制度を導入することだと思います。

4.個性を重視し,褒める教育

 日本は,出る杭は打たれるではないですが,普通でないことがいけないという価値観があると思います。

みんながこうしているから,普通はこうだから,そんな前例はないから,このようなことを学校でも教わっていると,どうしても,没個性,チャレンジ精神旺盛な子供は育ちづらいと思います。

 ですので,減点方式で評価するのではなく,加点方式で評価すること。子供一人一人の個性や長所を発見し,そこを誉め,伸ばしていくような教育姿勢にすることが大切だと思います。

 自立型問題解決型の人材を育てるためには,いかに型にはめない教育ができるかも大切な視点だと思います。

5.ひとり一人が全員教育者という意識を持つ

 教育は,学校でだけ行われているわけではない。家庭でも,職場でも,友人関係でも,人と接するということは,すべて教育の機会になっていると思っています。

 両親が子供に,様々なことを教える,上司が部下に,様々なことを教える。この時に,人としての正しさや論理的思考力,自立とは,主体性とはということまで教えられるようにするのが理想的であると思う。

 仕事のやり方を教えるだけが教育ではない。新入社員に社会人として必要な様々なことを教えるのが教育である。

6.時間がかかるので,根気よく行う

 教育は,効果が出るまでに50年かかるといわれる。今の子供たちを教育し,彼らが親になり,また子供たちを教育する。そういう長い年月をかけ,徐々に効果が出るものである。だからこそ,多くの政治家は教育問題に対して,あまり積極的ではない。自分の現役時代に,成果が見えないから。

 しかし,国の将来を考えたときに,教育は最重要課題の一つであることは間違いない。会社は人材,国家は人材といいつつ,これからの時代に適した教育改革に本気に取り組んでいないのが現状だと思う。

7.国家の予算をもう少し教育に使う

 日本は,GDPに占める公的資金の教育支出が先進国の中で特に少ない国である。それを支えているのが,学習塾であり,国民が個人的に支出して補っている。

 公共投資や社会福祉に多くのお金を使うことも大切だが,もう少し,教育についてしっかりと取り組むことも必要であると思う。

 欧米の大学は,授業料が年間数百万円することも多い。だからこそ,高度な教育が可能になる。また,小学校入学前の教育も本当に大切だと言われている。保育園や幼稚園の教育サービスを充実させるために,既得権益など無視し,本当にあるべき姿に向かうべきだと思う。

 そのためには,必要な部分は公的資金で賄うことも大切である。

 

 学校教育の改革には,時間がかかります。しかし,必ず取り組むべき課題であると思います。その上で,今我々大人ができることは,我々一人一人が変わることだと思います。

 我々が接する若者や子供たちに,我々ができる範囲で,少しでもいい教育を提供する。この積み重ねを一つ一つ行うことで,徐々に効果が出るものだと信じています。

 自立した,主体的な,社会のために物事を考え,前向きで,明るい人材を一人でも多く増やすために。

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