教育

『手取り足取り教えること』と『教育』の違い

『手取り足取り教えること』と『教育』は違うと感じています。

分かり易く教えようとして,手取り足取りしっかり教える場合,

すべての工程をしっかりと指示することが多いと思います。

その場合の落とし穴は,説明を受けた相手が,わかったつもりになってしまい,自分で考える作業をしなくなってしまうことにあると思っています。その結果,教えられたことにしか対応できなくなってしまう。

また,失敗を事前に防いでしまうため,失敗に耐えるだけの精神力が養われないとも感じています。

現に最近は,失敗することを極端に恐れていたり,少しの失敗にも耐えれない精神力しか養われていない人が増えてきている。

また,自分で考えることをせずに,すぐに答えを求める傾向も強くなっている気がします。

例えば,アルバイトで完璧なマニュアルが作成されており,

新しく入ってきた新人に,マニュアルどうりにすべてやることを伝えたとします。

その場合,新人のアルバイトはマニュアルを覚え,それ通りに実行できるようになると思いますし,

マニュアル通りにできていない場合には,上司が注意して直させるような状況が起こります。

この場合,アルバイトの新人は,マニュアルに書いていないことに適切に対応できるのでしょうか。

日々の仕事の中で,マニュアルが想定していないことも多々生じます。

また,マニュアルが想定している状況も,個々の状況や相手により,まったく同じ状況などあり得ない。

しかし,すべての工程をしっかり指示されたことを受け身で習得している人は,マニュアル通りにしか動けなくなってしまう。

その場合,大きな失敗はしないが,なかなか成長しないし,大きな成果も得れない状況になってしまう。

このような問題が生じる要因は,

1.なぜそうするべきかという論理をしっかりと教えていない。

2.論理を考えたうえで,状況状況に応じて変えるべき必要性が伝わっていない。

3.教える側も教わる側もひとり一人がひっかりと目的を考え,臨機応変に行動することの大切さを理解していない。

4.失敗は良くないという間違った価値観から,過度に失敗を避けるように環境を整えてしまう。

等が考えられると思います。

本当の教育の目的は,教えられた側が,新しい問題が生じたときに,自分で考え,判断し,行動できるようにすることだと思っています。

また,失敗をすることで大きく成長できるという価値観を伝えることでもあると思います。

つまり,指示されなくても,手取り足取り教えなくても,自立して結果を出していけるように教え育てること。

失敗から如何に学ぶかこそが大切であることを伝えていくことが求められています。

そのためには,多少時間はかかりますが,

『なぜそうすると思う』

『もっといい方法はないかね』

『チャレンジしないことには,失敗もしないけど成長もしないからどんどんチャレンジしよう』

といったことを相手に,伝え,考えさせるような仕組みが大切だと思います。

これは,教育で非常に大切なことなのですが,なかなか受け入れられていないことだと思っています。

受験勉強でも,資格の勉強でも,上司が部下に指導するときでも,なんでも解を教えてしまう。

また,教えられる側も,すぐに解を教えてもらおうとする。

確かにその方が,短期的に,いま直面している問題については効率的だと思う。

でも,教えられた側が,本当に成長し,自立できるのかというと,なかなか難しい。

また,ちょっと違う状況では答えを求めるようになってしまう。

教えを乞うてきたときに,一度自分で考えさせるようにすることは,

一見効率が悪いし,不親切に映ることもある。

また,失敗をすると良くないと感じてしまうことも多いと思う。

でも,その過程を飛ばしてしまうと,

いつまでたっても成長しないことがなかなか理解されていないように感じる。

親も,受験に直結する指導方法を求めてしまう

子も,今まで親になんでも教えてもらっていると,すぐに解を求めてしまう。

教師も,解を教える方が楽なので,すぐ解を教えてしまう。

この悪循環から抜け出すためには,

自分で考え,判断して,結果を出せる力を養うことの大切さが広まることなのだと思う。

そしてそのためには,『なぜ』という問いかけに対して,

子供自身が『自分なりの仮説を立てて判断していけるようにすること』なのだと思う。

その結果,短期的には間違えることもあるし,遠回りに感じることもあると思う。

失敗も沢山すると思う。

しかし,ひとり一人に考えさせ,仮説を設定させ,自ら判断させる作業を繰り返すうちに,

自ら考え,検証するという力が養われていくのだと感じています。

また,失敗を多くするうちに,失敗してもそこから学ぶことが大切だし,失敗なしでは成長しないということも実感できるようになると思う。

だかこそ,丁寧に教えるためには,

1.目的をしっかりと伝える。

2.一つ一つの論理を伝える。

3.なぜを自分で考えさせる

4.自分で判断させる

5.その上で,壁にぶつかっている時や失敗した時に,しっかりとフォローする。

というプロセスを踏むことなのだと思う。

少子化が進み,家庭での教育がますます過保護になっている現状だからこそ,

教育の目的は自立した個人を教え育てることであるということを強く認識しなければいけない。

教育の究極の目的は,自立していけるように教え育てることなんだということを信じて,

どうすれば,より自立しやすくなるのかという視点を,常に,意識していきたいと思っています。

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長期のビジョン・目標を持つべきかどうか!

よく,長期のビジョンや目標をしっかり持つべきだと言われる。

しかし,長期的な事なんか考えなくてもいいという人もいる。

結果を出している人でも,どちらの意見を言う人もいる。

そこで,今日は長期のビジョンや目標を持つべきかどうかについて考えていこうと思います。

まず,私の持論は,

『長期のビジョンや目標は持った方がいい』

です。

その理由は,以下のようなことがあげられる。

1.本気・夢中になれる

 長期的なビジョンや目標があったほうが,人は本気になりやすい。 人間は弱い生き物であるので,しっかりと目標が設定されていないと,なかなか本気になれない。

 学校の勉強に本気になれないのは,期末試験でいい点数を取るという短期的な目標しか設定されていないため,どうしても本気になれない。

 対して,実学等の勉強の方が,長期的な自己の目標が設定されやすいので,本気になりやすいと思う。

 人は,自分にメリットがあると認識できないことにはなかなか本気・夢中になれない性質があるためである。

2.継続しづらい

 長期的なビジョンや目標があったほうが,本気が継続しやすい。人間定期的にやる気にスイッチが入り,今年こそは頑張ろうと決意するものの,なかなか持続しない生き物である。

 その原因は,長期的なビジョンや目標が設定されていないので,いつの間にか惰性になってしまうということが多いと思う。

 これからはグローバル社会だからと言ってなんとなく勉強する語学や将来がなんとなく不安だからと言って,勉強する資格の勉強等ではなかなかやる気が持続しないと思う。

 それよりは,語学を習得して,〇〇のようになりたい。資格を取得して,〇○のようになりたい。という長期的な目標がしっかり設定されている方が,やる気は持続する。

3.燃え尽き症候群になりずらい

 長期的なビジョンや目的があったほうが,継続しやすい。短期的な目標しか設定していないと,その目標を達成したとたんに燃え尽き症候群になる可能性がある。

 大学受験に成功した。資格を取得した。一流企業の内定を獲得した。大会で結果を出した。このような短期的な目標を達成した後に,やる気が極端に落ちてしまうことは多いと思う。短期的な目標を達成した上で,長期的に何がしたいのかという目標が設定されていないと,人は燃え尽き症候群に陥りやすいと思っている。

4.短期的目標を達成するためのアプローチが変わる

 短期的な目標しか設定していない場合と,長期的な目標を設定した上で,短期的な目標を設定している場合では,短期的な目標を達成するためのアプローチが随分変わると思う。たとえば,公認会計士試験に合格することだけが目標で学生時代を過ごす人と,公認会計士試験に合格するのは通過点で,その後どのように活躍したいが設定されている人の学生時代の過ごし方は大きく異なると思う。

 短期的な目標しか設定していない場合には,成長すべき能力や,やっておくべき経験等がどうしても疎かになってしまい,短期的な成果だけを求めるノウハウの吸収に意識がいってしまう可能性が高い。

こんな感じでメリットが多いので,長期的ビジョンや目標が設定されている方がいいと考えている。

では,なぜ,結果を出した人の中でも,長期的なビジョンや目標など設定しなくてもいいと主張する人がいるのか。

それは,彼らは,長期的なビジョンや目標を設定しなくても

1.本気で目の前のことに取り組めた

2.一つの目標を達成したらすぐに次の目標を設定することができる。

という,2つの能力を持っているのだと思う。

結局,長期的な目標は,定期的に変化するものであるので,目の前のことに本気で取り組み,次の目標をどんどん設定し,燃え尽き症候群にならなければほとんど差はないからだと考えている。

ただ,そういう人は多くないと思っている。やはり,長期的な目標がないと,なかなか継続して努力することは難しいのが,人間という生き物であると。

だからこそ,できる限り,長期的な目標を設定する方が,結果として,本気で取り組め,成長し,結果が伴う可能性が高いのだと考えている。

よって,一番大事なのは,本気で継続して取り組めるかどうかということを強く認識し,できる限り目標を設定しようとすることが大切なのだと思っている。

大学生で,自分が何をしたいのか悩み,何にも本気で取り組めていない人も多くいる。

そのような人に伝えたいのは,

『決まっていなくても,目の前のことに本気で取り組むということ』

その過程で,成長するし,走りながら,自分が本当は何がしたいのかを考え続けるでいいと思う。

立ち止まって行動しないことは何も得ていない状態であるので,アクティブにアクションしながら,考えるということをお勧めします。

今日はこんな感じにしておきます。

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明日から社会人になるみなさんへ!

明日は4月1日。

入学式や入社式といった新たな人生のステージがスタートする日です。

われわれ公認会計士業界は2月1日から入社して,研修を行っていますが,明日から本格的に監査も行いますので,多少のずれはあれど,状況は似ていると思います。

そんな新社会人の皆さんに,今日はメッセージを送ります。

社会人になることに対する希望や期待と,不安が色々交錯している状況だと思います。

その上で,強くお伝えしたいことが,

皆さんひとり一人の可能性は無限大ということです。

これからの社会人生活において,目標を高く設定し,その実現のために努力すれば,可能性はどんどん高まっていきます。

逆に,自分で自分の可能性を否定し,諦めてしまえば,可能性はどんどん下がってしまいます。

だからこそ,自分を信じて,高い目標を設定して,社会人生活をスタートさせてほしいと思います。

以下では,新社会人の方に,特に意識してほしい点を列挙します。

1.与えられた仕事に全力で取り組み,結果を出すこと

2.チャンスがあれば,すべてチャレンジすること

3.学生時代の常識を捨て,一流の社会人の常識を覚えること

4.一つひとつの仕事の意味を考え,絶対に受け身で仕事をしないこと

5.理不尽な事,挫折に負けないこと

6.将来何をしたいのかを常に考え続けること

7.たかが1年・2年結果が出ないことぐらいで諦めないこと

8.色々な人と話たり,本を読んだりして,様々な考え方や価値観を貪欲に吸収すること

9.最初の3年間で,自分の社会人としての常識・型が作られてしまうことを意識すること

10.何にも知らない新人であることを自覚し,謙虚にすべてから学ぶ意識を持つこと

11.常に自信は持ち続けること。

12.仕事を通じて,人として大きく成長し,社会にいい影響を与えてやると思い続けること

13.たくさん失敗することを避けないこと

14.わからないことは,一旦自分で考え,どんどん質問すること

15.自分が上司だったら,経営者だったらどうするかという視点を持つこと

16.異なる年代の人たちの価値観・立場を理解すること

社会人になりたての頃は,右も左もわからず,やる気が空回りすることもあると思います。上司に怒られたり,大きな失敗もすることもあると思います。

自分の未熟さに腹が立ち,自己嫌悪したくなる時もあると思います。

そんな時も,今の自分にはできないけど,将来絶対にできるようになってやる。

自分には必ずできるという自信を失わないでほしいと思います。

みなさんがすごいなと思う先輩も新人の頃はたくさん失敗していました。

彼らも皆さんと同じ経験や想いを体験して,それを乗り越えたからこそ,今があるだけです。

特に若いうちは失敗してもいいという特権を与えられています。

そして,果敢にチャレンジして,たくさん失敗するからこそ,徐々に社会人としての土台の力が養われていくのだと思っています。

一回の人生なんだから,惰性で仕事をするのではなく,活き活き仕事をして,自己実現を図ってもらいたいと強く強く想っています。

だからこそ,高い目標を設定し,たくさん失敗しながら,大きく成長してほしい。

3年後には,自信に満ち溢れた社会人になっている姿を楽しみにしています。

社会人生活を楽しんでください!

応援しています。

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昨日のWBCを見ていて想ったこと!

昨日はたまたま仕事から帰ったらWBCの同点にする場面だったので,つい最後まで興奮してみてしまった。

リスクを取って盗塁を決めた鳥谷選手もすごいし,あの場面で,しっかりと仕事をやりきる井端選手のメンタルもすごい。

鳥谷選手はあの場面で盗塁を失敗していたら,相当たたかれていると思う。盗塁をする前はそのリスクをとてつもなく感じていたはず。それでも,確率論から考えて,あそこから連打する可能性よりも盗塁してタイムリーが出る確率の方が高いと判断し,決断できるところが本当にすごい。

井端選手も,我々には想像できないプレッシャーの中で,冷静に,実力を発揮することができる,メンタルの強さは本当にすごいと思う。どんなにプレッシャーがかかるときでも,自分のできることに集中するというのは,大切だけど,なかなか実行できない。普段から自分を追い込み,プレッシャーを乗り越えているからこそ,本当にプレッシャーのかかる場面で,逆においしい場面なので,やるだけだと開き直れる精神状態に到達できるのだと思う。

必要なリスクを取れること,プレッシャーのある中でも落ち着いて自分の実力を出し切ることに集中できること,がいかに大切かを再認識させられ,やはり一流の選手はほんとにすごいなと感じ,心から感動させてもらった。この感動した気持ちを単に終わらすのではなく,日本代表から教えてもらったこと,与えてもらった勇気を,彼らとはレベルは全然違うけど,日々の自分の行動に照らし合わせ,活かしていくことが大切だなと思う。どうリスクを取り,どうメンタルをと強くしていくのか。そのために,日々どのようなマインドで行動やチャレンジをし続けることが大切なのか。

昨日の試合を見た後に,しばし,考えてしまいました。

一流の選手同士がぶつかり合うスポーツは,本当に人々に感動を与えるし,また,生きていくうえでの多くの学び与えてくれるので,やっぱスポーツは素晴らしいですね!

ライフワークバランスについて想うこと!

ライフワークバランスという言葉が,都合のいいように解釈されていると感じています。

若い人と話していても,大変すぎるのは無理です。

色々やりたいことがあるので,ライフワークバランスは維持したいです。

等,色々な意見を聞きます。

そもそも,ライフワークバランスとは何なのか。

仕事(ワーク)とライフ(私生活)をしっかりと両立させ,より充実した生活を営めることを意味しているのだと理解しています。

しかし,ライフワークバランスという言葉が,ワークの時間とライフの時間のバランスを取るという意味でつかわれており,時間のバランスさえ取れれば,充実した生活を営めるかの風潮があると感じています。何か長時間働くことが悪であるという意味で使われている気がします。

ここに,大きな違和感を感じてしまいます。

もちろん,長時間労働がいいわけではないと思います。

短時間で成果を出す方が当然いいので,残業している社員が偉いわけでもなんでもない。

ただ,本来充実した生活を営むためには,

目標を持って取り組み,その過程で人としても成長し,やりがいや充実感を持つことが大切であり,

単に,ワークの時間とライフの時間のバランスを取ることではないと思っています。

社会人になれば,1日8時間週5日は少なくとも働きます。多くの人はもっと働いていると思います。

寝ている時間や通勤時間・食事をしている時間等も含めれば,起きている時間の2/3以上は仕事に費やしている計算になります。

人生のそれだけ多くの時間を費やす仕事の目的が,月に何十万円というお給料をもらうことになってしまうのでは,さびしいなと思っています。

仕事に目標を持って取り組み,その過程で大きく成長し,より充実感や達成感を味わえるようにする方がよっぽど楽しい。

仕事で充実しているからこそ,自信を持つこともでき,ライフの部分も充実すると感じています。

そうであるにも関わらず,ライフワークバランスという言葉が独り歩きし,その結果,仕事にも本気で取り組まず,なんとなく惰性で仕事をしてしまうリスクが高くなっている気がします。

だからこそ,若い人には,30代・40代になった時に,ライフワークバランスを自分で選択できるようにするために,20代はとりあえず走るぐらいの感覚の方がいいと伝えたい。

若いうちからライフワークバランスを主張している多くの人は,仕事に本気になれていない。

それでは,将来的にライフワークバランスを取ることも難しくなるし,結果として,ワークもライフも充実しないのではないかと。

もともと,諸外国は,仕事はお金をもらうためという発想があり,給料以上の仕事はしないという価値観があると理解しています。しかし,日本人は,仕事も人生をより豊かに生きるための修行のようなものであり,仕事を頑張ることで,心が鍛えられ,人としても大きく成長できるという勤勉さが長所であると思っています。

日本がこれだけ豊かな国に成長した一つの大きな原因であると思います。

これも,少しでもいい仕事をし,お客さんにより喜んでほしいという価値観があるからだと思っています。

なので,本当の意味のライフワークバランスは,ワークもライフも充実させるためにどうバランスを取るのかということだと。

そのためには,ビジネスの実力をつけることが必要だからこそ,ライフもワークも充実させるためには,どこかで仕事にのめり込み,実力を一気につける時期が必要だと思っている。

特に20代の時に,朝から晩まで仕事のことだけを考えているというような数年間がビジネス力を養うためには,大切になります。

どの分野で成果を出している人も,20代に,そういう数年間を経験していることがほとんどです。

将来,ライフワークバランスをしっかりととれるようにするためにも,まずは,ビジネス力を養う必要があるのではないでしょうか。

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メリットとデメリットについて!

今日はメリットとデメリットについて述べてみようと思います。

1.まず多くのことにはメリットもデメリットもあるということ

  世の中のほとんどのことにはメリットとデメリットがあるにもかかわらず,そのどちらか一面だけを考え てしまうことがよくあると思っています。

  たとえば,SNSについて,最近よくデメリットの話を目にします。SNS疲れやSNS依存症などがよく言われています。

  しかし,そのデメリットは,当たり前で,多くのメリットもある。

  SNSはコミュニケーションの手段である以上,人間関係の様々な問題は生じるのが必然。

  その上で,多くのメリットがあるからこそ,これだけ世の中に浸透してきているのだと思う。それなのにもかかわらず,デメリットだけを取り上げて論ずることに何の意味もない気がしてしまう。

  しいて言うのであれば,このような使い方をするとこういうデメリットが生じるので,こういう点には注意して使いましょうというその人の見解や意見があればいいのだが,単にデメリットを指摘して終わってしまうことも多いと思う。

  だからこそ,多くのものにはメリットとデメリットがあり,その中でできるだけデメリットが小さくなるようにするためには,どうすればいいのかという視点を常に大切にしたいと思う。

2.デメリットばかりだからゼロにしようという発想への違和感


  最近何かと話題の体罰も同じ。体罰には多くのデメリットがあるが,職場や様々なコミュニティー,先輩後輩の中でも,体罰やパワハラは日常茶飯事に行われている。

  

  自分は,どうしてもこのデメリットが大きいので,即刻ゼロにしようという意見に違和感を持ってしまう。体罰もないに越したことはないが,現実問題として,今日本中で起こっている体罰やパワハラいじめをゼロにすることなど不可能である。

  だからこそ,必ず生じてしまうという前提で,もっとこうすれば少なくできる,事前に予防できるというような部分でこそ議論をするべきだと思うのだが,どうも悪いのだからゼロにしろという発想で,問題が起こった場所でだけゼロにしたのでOKみたいな価値観が納得できないと感じてしまうことが多い。

  もっと,人としての根本の価値観や教育をどのように実施するべきなのか。家庭での役割と学校教育での役割,地域社会が支援する部分等を整理し,広く国民に浸透させていくことに地道に取り組んでいくことが必要と思っています。

  だからこそ,何か問題が起こった時に当事者だけを責め,判明した箇所だけ改善するという対処療法に違和感を感じてしまう。

 3.見えているデメリットだけを意識してしまう。

  人はどうしても今目の前に見えているデメリットだけに意識を置いてしまうと思う。見えていないデメリットには一切心配しないのに,目の前のデメリットばかりに意識を置いてしまう。これが原因で根本的に優先順位を誤ることが多いと思う。

  放射能の問題も,社会保障の問題も,今目の前にある問題だけに意識がいってしまう。確かに放射能は怖いし,年金医療費を削減されることも怖いと思う。しかし,長期的なエネルギー需要はどうなのか,化石燃料を大量消費した場合に,燃料費の高騰や大気汚染の結果どのような副作用が出るのか,今社会保障を削減しないと20年後,30年後にはもっとひどい削減をしなくては行けなくなるのではないかといった点について,つい意識がいかなくなるので,問題の先送りが繰り返されていると思う。

  就職活動にしても,就職氷河期なので,目の前の就活というリスクに全神経が集中しているが,もっと長期的に考えれば,自分の会社が倒産しても大丈夫な実力をつける,決してリストラされないような,必要とされる実力をつける,機械やロボットや,新興国の安い労働者ができないような能力を身に付けることをしないと,将来的に大きなリスクがあるということには,あまり意識が置かれていないというのも同じことだと感じる。

  

  リスクデメリットと言っても,それが今見えているリスクデメリットに過ぎないこと。もっと長期的に考えると別のリスクデメリットの方がはるかに大きいことも多々あると思う。

  人はどうしてもリスクを回避したい生き物だからこそ,目の前のリスクにばかり対応してしまい,結果として長期的なリスクを増大させているという矛盾ある行動をしてしまう生き物なのかなとも感じる。

  だからこそ,自分が本当に回避したいリスクは何で,そのためには何をするべきなのかというリスクヘッジを正しく行えることはとても大切なのだと思います。

  こんなことをふと感じたので,今日は,メリットとデメリットについて,述べてみました。

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体罰問題と教育における負荷について考える!

体罰問題が話題になっています。

体罰は基本的に良くない。特に今回の事件のようなことが起こると一層そういう気持ちになる。

理由はなんにせよ,人に暴力をふるうのはよくないこと。

では,なぜ体罰はなくならないのか。

理由は,大きく3つあるのではないかと思っています。

1.感情が先走ってしまう人

 教育の中で叱るということは,大切だと思う。いけないことをした場合に叱られるからこそ学ぶ。家庭でも子供が何かいけないことをした場合に叱る必要がある。

 ただ,叱ることと怒ることは本来違うのだと思う。

 相手のことを想って注意することが叱る

 自分が感情的になってしまうことが怒るなのではないでしょうか。

 その怒るという状況が一定のレベルを超えてしまうと,たたくやぶつという体罰になってしまうのかなと。

2.力で,恐怖心を煽ったほうが手っ取り早い

 本当は,暴力などに頼らず,しっかりと理由を説明し,本人の納得を取ることがいいのでしょう。

 しかし,それには,時間がかかるし,ひとり一人としっかりと信頼関係が築けていないといけない。その点暴力というのは,恐怖心を抱かせることで強制力を持たせることができる。

 たとえば,権力者が,見せしめに処刑したり,罰を与え,他のメンバーの規律を保つという方法は昔からとられてきた方法。これも恐怖心をあおることで統制を素早く行う効果がある。

3.暴力は絶対にいけないという価値観が社会にはない

 これは教育現場だけでなく,家庭でも,社会でも同じこと。

 家庭での子供のしつけに際して,一度もたたく等の行動に出たことのない親の方が少ないのではないか。また,社会でも何かのきっかけで,たたく・ぶつという事態になっていることは良くあることだと思う。

 だからこそ,学校現場での体罰ばかり問題にするのではなく,社会全体で暴力はいけないことというのをしっかりと浸透させることが大事だと思う。

 ただ,暴力は犯罪であるという価値観を浸透させることこそ重要であり,体罰が生じた学校だけを標的に表面上の問題を解決しても意味はないと思う。

 たとえば,社会でも暴力は窃盗と同じように罪だという意識を持ち,暴力をふるったら即逮捕される文化を作る。

 そうであれば,プロ野球の乱闘やテレビ番組等での暴力も同じように処罰したほうがいい。

 そういうものだけ放置しておいて,学校だけに暴力はいけないと言っていても矛盾しているので,そのような価値観は広がらないであろう。

 この3つの原因が生じている限り,体罰や暴力といったものはなくならないのではないでしょうか。

 また,体罰だけが絶対にいけないもので,ゼロにしなければいけないという性質のものではないと思う。

 たとえば言葉の暴力であったり,いじめというものも同じ類ではないだろうか。

 これも学校のいじめだけが問題になるが,職場・仲間内でもそのようなことは日常茶飯事に起こっている。すべての人が何かした,言葉の暴力やいじめの加害者になった経験すらあると思う。

 だからこそ,社会全体で相手の嫌がることはしていけない。もっと人に思いやりを持って接しなければいけないという規範を広める必要があるのではないか。

 その上で,非常に難しい問題が,教育の過程上,どうしても負荷をかけることも必要という側面があること。暴力をふるう必要性はないが,

 厳しいことを言うことも時には必要だし,厳しい態度で接することも必要な場合がある。

 もちろん,その背景が,単に感情的に起こっているだけであれば問題だが,

 相手のためを思っている叱るであれば必要な行為でもある。

 ただ,たとえ叱るという想いでそのような行動に出たとしても,今回のような事件が一切怒らないとは言えない。また,自殺まで行かなくても,精神的に病んでしまうような状況も起こってしまうこともある。

 ここに,教育でどの程度の負荷をかければいいのかという難しい問題がある。

 情熱を持って取り組む教育者ほど,負荷をかける頻度も多くなると思うからである。

 そのような情熱を持っている教育者が,一度そういう事態が生じたからと言って,世の中から一斉攻撃を受けるようでは,質の高い教育などできなくなってしまい,ますます,保護者や教育委員会の顔色ばかり伺い,事なかれ主義の無責任な教育者が増えてしまうのではないかという危惧もある。

 たとえば,こんな子供も中に入るだろう。

 教師に注意された場合に,

 『親に言いつけるぞ』

 『教育委員会に言いつけるぞ』

 『悔しかったら殴ってみろよ。お前の人生終わりだからな』

 こういうひねくれた間違った価値観を持っている子供を叱ることは必要だし,そのような子供すべてにひとり一人十分な時間を持って,納得するまで説明する時間を教師に求めるのも酷ではないか。

 皆さんも周りの知り合いや部下にそこまで時間を使えるかというとそうではないと思います。

 上記のようなレベルの子供は例外としても,大勢の子供を一度に抱えている教師が,本当に悪いことをし,言葉で話しても反省せず,同じことを繰り返した場合には,厳しくしかる必要があるし,時として,手が出てしまう気持ちもわからなくもないと感じてしまう側面もある。

 また,そのようなしつけは第一義的には家庭の教育にあるとも思う。学校でいじめをしてしまうような子供や,社会に出ても暴力やいじめをしてしまうような人に育ってしまった一番の原因は家庭の教育にあるのではないか。

 だからこそ,この問題は,根が深く,社会全体で問題点を再度整理し,長期的に解決策に向かわなければならない問題だと思う。

 今回の様に学校という場で,かつ体罰という形で自殺するという話題性から,当事者たちだけの特殊な問題であり,彼らだけが悪者のような雰囲気が出て,自分たちはそんなこと一切していないという価値観が広まってしまうのは本末転倒だと思う。

 現に年間3万人以上の自殺者が出ている日本。職場の上司からの度重なる度を超したパワハラで鬱になったり,自殺してしまう問題の方が圧倒的に多いいのも現実であり,そのような上司も犯罪者というべきなのではないか。

 そのため,叱るということの意味,どの程度の負荷をかけるべきか,家庭の役割,学校の役割,社会での役割等をしっかりと考え直すことが必要なのだと感じています。

 この問題が単に,学校での体罰禁止という表面的な話で終わらないことを願っています。

 そのうえで,さらに,しつけや教育を行う際に,本当にたたく等のしつけは一切やらない方がいいのかという点ももっと広い視点で議論してもいいのではないでしょうか。

 私も子供のころあまり言うことを気なない子供だったので,良く怒られ,時には先生にもたたかれていました。ただ,自分が悪いことをした場合には,納得していたと思います。

 『やべ,みつかった』というような感覚だったのかなと。

 悪いとわかっていてやっている場合には,厳しく怒らないといくらやさしく論しても繰り返すと思います。

 決して体罰がいいと言っているのではなく,実際問題,本当に悪いことをしたときには,必要な時もあるのではないかと感じる面もあります。

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量と質の関係で本質の理解について考える!

成果は量×質の掛け算で決まる。

量は純粋に時間を多くやることと定義しましょう。

質は,最適な方法で効率的にやることと定義しましょう。

だから一番簡単な本質の理解は,最適な方法で量を多くやれば成果は出るということになる。

今日は,本質を理解するというテーマで量と質の関係について少し掘り下げてみます。

理解とは,物事の道理や道筋が正しくわかること

本質とは,物事の根本的な性質・要素

つまり本質的な理解とは,物事の根本的な性質や要素について,通りや道筋が正しくわかることと定義しておきましょう。

先ほどの最適な方法で量を多くやれば成果は出るというのは,ある意味正しい本質的な理解であると思う。ただ,ここで状況によって,どのように使い分けるかということの奥の深さがあると思っている。

なので,今日はもう少し深く掘り下げてみます。

本質1 量をやらないと質は高まらない

 量と質をバラバラに考えるのではなく,一定量をこなさないと質は高まらない性質もある。やはり経験を積み気づく部分もあるからである。だからこそ,質を高める方法を考えすぎるよりは,ある程度考えたらまずは量をやってみて,今やっている質が正しいのかどうなのかを検証したほうがいいと思う。

本質2 だからこそ,早めに量をやったほうがいい

 まず早めに量をやることが質を高めることにつながるからこそ,初めのうちに一気に量をやる期間をつくったほうがいい。これは勉強でも仕事でもいえることであるが,初期の段階で量をやることで早期に質を高めることが可能になる。だからこそ,勉強も学習初期段階で復習を多くやる。仕事も20代の最初の数年はとことん働くといった方法がお勧めである。

本質3 質は時とともに最適なものが変わる

 これは,質を改善するという意味ではなく,その時ベストな質が,時が経てばベストでなくなることもあるということ。周りの環境が変化することも影響するし,自分のレベルが変化していることも起因する。勉強でいえば,基礎的な内容を勉強しているときに大切な質と,応用論点を勉強しているときに大切な質は異なる。応用論点を学習する際には,その論点の基礎的な論点の理解を再度確認してから学習したほうがいいし,他の論点の理解と組み合わさることも多いので,過去の質に影響を受けてしまうといったのが具体例の一つ。また,その人のレベルに応じて最適な質の定義も変わる。プロレベルの人が意識する質と素人が意識する質は当然異なる。だからこそ,自分のレベルの変化に応じて常に質を変えることも大切だし,自分とレベルの異なる人のアドバイスがそのまま今の自分に最適でないということも言える。

本質4 時間は24時間とすべての人に有限であるが,質に限界はない

 時間は一日どんなに頑張っても15時間程度しか継続することは難しいと思う。しかし,質の部分の改善には,限界はないと思う。もっと効率的にやる方法はないのか,もっと異なる視点はないのかと考えることが大切であると思う。たとえば,ちょっと極端な例になるが,すべてを自分でやる必要なない。部下や仲間に任せれるところは任せた方がいいし,部下が成長すればするほど,任せれる量も増えるため,周りの人を成長させることも大きな視点でいえば質の向上につながっているともいえる。

まあ,色々書いてきましたが,要は,色々な視点から物事の本質を考え,理解していくことは大切ということをお伝えしたいと思っています。。言葉を表面的に理解し,最初の定義のような理解だけでとどまってしまうのか,もっと,本質を追求するために,色々な視点を考えていくのかが大きな差になってしまいます。

色々な視点から物事を深く考えると,より物事の本質が見極められてくると思う。

その上で,状況に応じて,どう使いこなすのかという力が求められている。

これだけは,マニュアル等で教えられるものではなく,ひとり一人が状況に応じて使いこなすしかないと思っています。そのためには,本質を理解し,自分なりにどう使いこなすのかの持論を構築する作業が欠かせない。すべてがどう使いこなすのかの程度問題なので。

その上で日々行動をし,また持論を再構築するということを繰り返すうちに,経験則として,この場合は,どの程度感で使いこなせばいいのかという第6感ともいえる感覚が研ぎ澄まされていき,より質が高まりやすいという好循環に入れるのだと感じています。

ここに,3日や1週間で,習得できるような近道はないのだと。

すぐに答えを教えてもらいたがる人は,この物事の本質を理解していない。その質問に対しては答えを得て,満足するかも知れないが,まったく本質を理解できていないので,いつまでたっても使いこなす力が養われない。そのため,またちょっとでも違う状況ではうまくいかないということが起こり,本人もなぜうまくいっていないのかを理解できない。この前はこれでうまくいったのにという状況になってしまうことが多い。

経験を積み,適切なフィードバックを行い,どんどん力を養うためにも,一度自分の頭で本質をじっくり考え,持論を構築するという作業を怠ってはいけないと思います。

これは,公認会計士の勉強でもいえること。

講師に答練は本気でを受けなさい。そして,必ず原因分析をしっかり行い,次の対策に活かしなさいというアドバイスを受けた場合にも,本気で受ける意味や原因分析の本質を考える作業を怠り,言われたことを何も考えずにそのまま受け身でやっていても効果は低くなっていします。

だからこそ,しっかり自分の頭で本質を考え,理解する。一つひとつの原則やアドバイスが意味している意味は何なのかを自分なりに考えるという地道な作業をしっかりやれるかどうかは非常に大きな差になってしまう。

ちょっと長文になりましたが,本質を理解するという意味。自分の頭で考え,持論を構築する意味の大切さが伝われば幸いです。

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2013年の抱負!

新年あけましておめでとうございます。

1月7日,今日から私も本格的に稼働し始めました。

年末年始は,久々に家族とゆっくりと過ごし,温泉・マッサージと心身ともにリフレッシュできました。

今日から,2013年を走っていきたいと思います。

そこで,今日は,2013年の抱負を述べたいと思います。

1.教育について

 大学を卒業し,12年間教育に携わってきて,今年は,一つ形にしたいものがあります。

 それは,今まで養ってきた教育のノウハウをきちんと体系化することです。

 その内容は,以下の5点を中心に行おうと思っています。

  ① 分かり易く教えること

  ② 他人を思いやり,和の精神を大切にすること

  ③ 論理的に考える力を養うこと

  ④ アウトプットする力を養うこと

  ⑤ 志や夢を持つことの大切さを認識すること

 

 公認会計士の指導という専門教育を行ってきて強く感じることは,

 知識は答えを知ることも大切ですが,知識をどう使いこなし,結果として何をしたいかが大切であるということです。

 そういう目的意識がない場合には,勉強にも本気になれず,結果として合格もしづらくなり,かつ,勉強の過程で成長も弱くなってしまいます。

 物事に取り組みながら,どのように結果を出せる人材に成長するかのノウハウを体系化し,伝えていきたいと思っています。

 

 物事の本質を理解すること,つまり論理的に物事を考えることがとても大切であること。

 そのためにも,専門知識の勉強という手段を用いながら,如何に論理的に物事を理解するかということを体系化し伝えたい。

 また,そのためにも,自分の考えや理解を,しっかりとアウトプットするという作業もとても重要でること。

 アウトプットするためには,自分なりに考えを整理し,それを人に伝えることが求められます。そのためには,本質から論理的に,体系的に理解できていることが必要になります。

 さらに,勉強で成果を出す,その後の仕事でも成果を出すために,専門知識の答えを知るだけでなく,本質を論理的に考え,習得し,それをアウトプットする力がひつようであり,そのような力を養うことの大切さを納得することが大切です。かつ,そのような力は本気で物事に取り組まないと養われないと認識することが必要です。

 だからこそ,単に専門知識の勉強をしているだけでなく,結果を出す力も同時に養っているということを認識し,物事に本気で取り組む大切さを伝えるノウハウも体系化したいと思っています。

 さらに,最終的に,志や夢を持つことの大切さを伝えたいと思っています。いい大学に入る,いい企業に入る,資格を取る,高収入を得る。すべて手段です。

 その結果,最終的に何をしたいのか。より良い社会に対してどのような影響を与えたいのかを考える大切さを伝えたいと思っています。

 周りの人にいい影響を与える,自分の業界にいい影響を与える,地域社会にいい影響を与える。そういった最終的な大きな志を持つからこそ,大きく成長し,また,充実感も味わえるということを伝えていきたい。

 そのような目的意識を持って,物事に取り組むことで,モチベーションもより高まると思っています。

 このような教育において大切だと思うノウハウの体系化をしっかりを固める一年にしたいと思っています。

 そのために,今年は,1月から,2つの私塾を始めます。普段の専門知識の指導中には伝えきれない内容を,CPAの卒業生を中心とした若手社会人と今勉強中のCPA在校生対象に行います。

 この私塾を通じて,教育ノウハウの体系化をしっかりと固め,より多くの人に伝えれる形を創り上げたいと思っています。

 

 2.教育について

  公認会計士の指導育成や私塾の開校のほかに,今年は,他の教育関係者の方と,20年後に社会の各分野で活躍できる人材を育成するために,新しい取り組みを始めたいと思っています。先方もいることなので,具体的な内容は控えますが,1で述べた教育ノウハウを広めるためのプロジェクトをできる限り展開していきたいと思っています。

  

 3.次世代戦略会議について

  去年から始めた仕事とは別のライフワークとして,次世代戦略会議というものがあります。

  次世代戦略会議とは,社会についてしっかりと学び行動していく若者を増やしていこうというコンセプトで勉強会やイベントを開催している団体です。

  昨年立ち上げ,今年は,1月中に社団法人を設立し,本格的に稼働させていこうと思っています。

  今の日本の若者は,自分中心主義が蔓延していると危惧しています。自分がいい会社に入り,いい収入を得ることには興味があるが,より良い社会にしていこうという意識が欠如していると思っています。

  

  そのため,種々の社会問題に対して,無知無関心になっていると感じています。

  20年後・30年後の社会を担っていく若者が,そのような状況ではこの国の未来はどんどん加工していくと感じ,若者ひとり一人が,仕事とは別のライフワークとして,社会について学び,そしてできる範囲で行動していくという動きを広げたいと思って活動しています。

  現在は,有志が集まり,週末の時間を利用し,月に1回の勉強会や,毎月イベントを開催していますが,この団体の活動をより強化させて行きたいと思っています。

  勉強会の開催はもちろんのこと,今年は,他の社会について良い活動をしている団体と共同で色々なアクションを起こしていこうと思っています。

 4.禁煙

  最後の抱負は禁煙です。人生をより充実したものにし,やりたいことをやりきるためには,健康が大切だなと実感しました。もともと実感していましたが,昨年度に色々なことがあり,より健康で長生きしたいと強く思うようになりました。

  今までは,唯一のストレス解消法と自分に言い訳をしていましたが,言い訳するのをやめようと思います。

 ですので,今年は禁煙に取り組み,より,アクティブに活動できる体にしていきたいと思っています。

 本業である公認会計士の指導育成をより良いものにするという活動に取り組むのは当然ですが,今年は上記4つの抱負に積極果敢に取り組んでいきます!

 

 

 どうぞ,皆様宜しくお願い致します!

 

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年の瀬に想うこと!

クリスマスも終わり,今年も残すところ1週間を切りましたね。

1年というものはあっという間です。

年末年始は,家族・恋人・仲間という大切な人と過ごす時間が普段より多くなり,

自分はひとりで生きているのではなく,多くの人に支えられて生きているということを感じる時期です。

だからこそ,想うのが,何のために生きているかということ。

自分が充実し,幸せに,楽しく過ごすために生きているわけですが,

どうしたら充実し,幸せに,楽しく過ごせるのか。

この問いに対して,自分なりの解は,

やはり,

『自分の周りの人を幸せにするということ』

なんだと。

自分の周りの人が,幸せに,楽しく生きていることが,結局自分の幸せとイコールなんだと感じます。

人は,根源的には,他人に認められたいという欲求を持っていると思います。

人の役に立ち,感謝され,重要感を満たされることで,満足する生き物であると。

だからこそ,周りの人にいかに良い影響を与えられる人に成長したいという想いが出てくる。

いい大学に入るのも,いい企業に就職するのも,資格を取るのも,留学をするのも,出世するのも,収入をあげるのも,

すべて手段にすぎず,その過程で,人としてどれだけ成長し,結果として,自分の大切な周りの人に良い影響を広めれる人になるのかということが目的なんだと思います。

どうしても,手段を目的にしてしまうと,成長するという意識が無くなってしまうため,目の前の結果にだけこだわってしまうので,失敗を恐れ,チャレンジしなくなってしまう気がしています。

また,結果が出ないと,やる気を失ってしまうことにもつながります。

そうではなく,チャレンジする過程で,人として大きく成長し,それこそが人生を豊かにすることにつながっているということを大切にしたい。

その意識を持つと,何事もポジティブに,主体的に行動できると感じています。

年の瀬で,大切な人と過ごす時間が多い時期だからこそ,再度,自分の人生の目標について考えてみるのもいいのではないでしょうか。

年末年始の時間で,じっくり考え,2013年の目標を設定する。

そして,1年間でどれだけ成長できるのかを楽しみながら,一日一日を大切に過ごしていく。

多くのチャレンジをして,多くの人と語り合い,充実した1年になるようにしたいと思います。

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