教育

批判について思うこと!

日々色々なことに対する批判が行われている。

そんな批判を見聞きし,感じたことを述べてみようと思う。

批判にも色々な種類がある。

1.大きな方向性として,問題点を指摘する批判

2.個別の事象に関して,問題点を指摘する批判

3.感情的な批判

などなど。

批判は,本当に間違っていることに対して行うことは大切であり,肯定したい。

自分もよく色々なことに対して批判してしまっている。

しかし,多くの批判が,本当に正しい批判なのかということに疑問を抱いている。

例えば,批判ばかりしている人が,

何か行動を起こしている人に対して,批判を繰り広げる光景はよく見る。

そして,議論が平行線のままで,一向に解決しない。

何故平行線のままなのか。

この理由は,自分は以下のように解釈している。

批判家の人は,理想論から見て,間違っているところをひたすら批判する。

または,各論の一部分だけに焦点を当ててひたすら批判する。

そして,批判家の人の意見は,理論上正しいことが多いので,彼らは自分が100%正しいと信じて疑わない。

しかし,ここに現実の落とし穴がある。

まず,実際に実行に移すためには,様々な制約やしがらみがあるため,なかなか理想論通りには進まないということ。

実際に実行に移している人は,このことを理解しており,理想論を実現するためにも,まずは現実的なアクションから起こしていることが多い。

この時に,批判家は,実行する際の困難さが理解できていないため,理想論との乖離部分を批判し続ける。

だから,行動派の人は,一度自分でやってみたらわかるんではないかという趣旨の発言をしてしまう。

また,各論の一部分だけに焦点を当てた場合には,各論だけを取り上げれば正しいが,

一部分に限定した理想論は,部分最適化になり,全体最適化になっていないことが多い。

しかし,その場合の批判家の人は,全体最適化には興味がない場合が多く,目の前のデメリットだけを主張するため,全体最適化を唱える意見とは,議論が平行線になってしまう。

また,感情論に基づく批判は,本人も何を言いたいのかわからなくなるような状況に陥るため,そもそも議論にならない。

だからこそ,実際に行動している人に対して

理想論はこうだからとか,感情論で批判をしていても何も解決しない。

理想論はこうだ。しかし現実問題こういう問題があるよね。

だから,もっとこのように実行したほうが,よりうまくいくと思う。

こういう視点からで批判的な意見を述べていかないと,ただの批判家になってしまう気がする。

自分がその立場になって,様々な制約やしがらみの中で,少しでも全体として理想の状態になるように,実際に決定を下し,行動していくことを想像した上での批判になることが大切だと思う。

批判をする場合には,対案を示すことが大切と表現されることもあるが,

ただ対案を示すだけでなく,対案を示し,かつそれが実行可能性があることが大切なのだと感じる。

そういう視点を持つようになると,批判をするときもあれば,支持するときも多くなると思う。

なんか,批判は多いが,支持が少ないことにも違和感を感じている。

マスコミも,普段の人々の会話も,

○○を支持するという意見の何十倍も○○を批判することが多いと思う。

これは,欠点を批判することが簡単だし,リスクもないことに起因していると思うが,

そのような,理想論から乖離した欠点だけを批判し続けても何も意味がないと思う。

自分で対案を考えるからこそ,支持するという気持ちが出てくるのではないか。

全体最適化を考える,実行可能性を考える。

そういう視点を持つと,欠点の批判ばかりではなく,支持する部分も増えてくるのではないか。

何でもかんでも欠点ばかり指摘し,批判するのではなく,

もっと建設的な議論や,支持する部分が増えることが必要なのではないかなと感じている!

今,自分が不満に感じ,批判していることに対して,自分がその立場になったらどうするかを考えると,見方がだいぶ変わることがあるのかなと思う今日この頃です。

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価値観について!

ちょっと最近価値観について考えることがあったので,

今日は価値観について自分の思うことを述べてみようと思います。

価値観とは,何が大事で何が大事でないかという判断、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系のこと。

人によって価値観は異なり,異なる価値観を理解し,受入,相互理解することが大切と言われているし,そのことについては,心から賛同する。

しかし,もう少し価値観について理解を深化させたいと思った。

例えば,誠実であるべき

     誠実でなくてもいい

これも価値観であるが,この違いは,本質ではなく,

誠実であるべき中で,何を誠実と感じ何を誠実でないと感じるかが,価値観の相違の難しいところ。

つまり,誠実であるほうがいいというのは,多くの人の価値観として共通しているのにもかかわらず,

何を持って誠実と感じるかという価値観が人によって異なっているだけである。

例えば,礼儀がないことを持って誠実でないと感じる方もいる。

裏表があることで誠実でないと思う方もいる。

言葉を濁し,嘘は言っていないと言い張る人を誠実でないと感じる人もいる。

一貫性がないことで誠実でないと感じる方もいる。

規則にルーズであることで誠実でないと感じる方もいる。

つまり,すべての物事をどう捉え,どう感じるかという価値観が人によって本当に異なっている。

また,頑張ったほうがいいという価値観も,多くの人が賛同する中で,

頑張る程度の違いに価値観の相違が現れ,

また,何に対して頑張るべきかにおいても価値観の相違が現れる。

何かのグループに属した時に,そのグループに本気な人と,片足を突っ込んでいるだけの人では,

頑張ることは大切という価値観は共有されているにもかかわらず,ここががんばりどころなのかという判断が異なっているだけである。

原発問題にしても,命が大切という価値観は共有されている中で,

放射能というリスクを回避することが大切と考える価値観と,

経済に大きなマイナスを生じさせないことこそ,医療・生活保護・雇用・介護等の原資を守り,命を守ることにつながるという価値観の相違に過ぎない。

また両者のバランスをどのように捉えるかの違いなのだと。

何を我慢し,何を優先させるのかの違い。

その上で,自分の価値観と異なる場合に,

敵視する・軽蔑する

あいつとは合わない

ああいうやつはダメだ

等々の自分の価値観に照らし合わせた判断を行うのが人間という生き物であると感じている。

そうだからこそ,価値観について,以下のことを気を付けていかないといけないと感じた。


1.自分自身への理解を深化させ,自分の価値観を知り,確立する!

自分の価値観を持つ

様々な問題について、自分なりの持論を持ち、決断していくためには、

自分の価値観というものがあることが大切。

もちろん、価値観は、変化するもの。

様々な経験や体験を通じ、変化しながらより強固なものになっていく。

価値観が定まっていないと、判断する際の軸がぶれてしまう。

また,目の前の事象に対して,感情や感覚で判断してしまい,自分としての主張の一貫性が保たれない。

だからこそ、信念を持ち、決断していくためにも価値観を大切にしてほしい。

また、自分の価値観に対する理解を進化させるためには、自分自身を知ることなのだと思う。

自分が大切にしたいものを自問し、自分の大切にしたい価値観と素直に向き合うこと。


2.他人の価値観を理解することの重要性を認識する!


自分と異なる価値観を持つ人の価値観や考え方を理解するように努めることなのだと思う。

どういう価値観に基づき,物事をどのように捉え,どう考えているのかを。

そこを理解した上で,初めて建設的な議論が論理的にも行うことが可能なのだと思う。

特に,相手が感情的になりやすい時ほど,まず相手の価値観を理解しないと,感情論のぶつけ合いで終わってしまい,議論が空中戦のまま一向に解決の糸口が見えない。

3.絶対に正しい価値観などないということを認識すること!

自分の価値観を確立することは大切であるが,その価値観が正しいと思わないことなのだと思う。

だからこそ,他人の意見に耳を傾け,自分の価値観の中の修正するべき点を常に模索する。

ただ,何でもかんでも他人の意見に左右されていては意味がない。

一旦,受け入れたうえで,しっかりと自分で考え,どうするべきかを判断する。

そのためにも,謙虚さは大切にした中で,自分の信念はしっかり持っていなければいけない。


4.価値観で人を否定しない

価値観が異なるのは,物事の捉え方が異なっているに過ぎない。その人の人格まで全否定するようなことではない。

しかし,多くの場面で,価値観が異なる人は,絶対的な悪であり,自分の敵であり,何としても論破しなければいけないという気持ちを抱く人も多い。

その状況で,相手の価値観を理解して,お互いに建設的な議論を行わない限り,いくら論破してもその場をしのいだだけで,何も解決はしていない。また同じような問題がもっとひどいレベルで生じるのは時間の問題である。

ツイッター等でも,価値観の異なる人をひたすら罵倒している人を良く見かける。本人のストレス発散のつもりなのかもしれないが,何も解決しないばかりか,実は本人も余計にストレスがたまるだけなのではないかなと感じてしまう。

また,会議や話し合いでも,とりあえず異なる価値観の人を否定だけする人。違うところダメなところを批判するのは,簡単だし,すべてにおいて完璧な人間,完璧なアイデアなどないにも関わらす,自分の価値観から照らし合わせ,ダメなところだけ批判し,まったく建設的な議論をしようとしないことも問題だと感じている。

5.人に自分の価値観を押し付けない

自分の価値観を持ち,自分の価値観を相手に伝えることが大切。

しかし,価値観を強要するのは良くない。

自分はこう思う。その理由はこうである。ということは相手に伝えるが,

相手がどう思う。その理由はこうである。ということをしっかり聞き,それをまずは尊重する。

その上で,どう考え,どう行動するかは,各自の問題であり,人に強要されるレベルの話ではないと思っている。

こんなことが最近価値観についての自分が思っていることです。

まあ,この文章自体がすべて私の価値観に基づいているものであり,異なる価値観の人からすれば,何言ってんだということになってします。

しかし,異なる価値観の人が大勢いるからこそ,自分の考えや価値観を発信することが大切なんだと。

そうすることで,新たな気づきや,異なる価値観を持つ人との建設的な議論が生じ,より思考や価値観が洗練されていくのかなと。

よって,他人の意見や考え方と異なって当たり前なのだと。異なるからこそそこから相乗効果が生まれるのだと。

そう思いながら,今後も色々な価値観の人と,出逢い,理解し,建設的な議論をしたいなと思っています。

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主体的に生きてほしい!

昨日・今日で,今年公認会計士試験を受けた方を対象に就職対策の講義を実施した。

そこで伝えたかったことは,

目標を設定し,主体的に生きる人間になってほしいということ。

そのために,過去から現在までをしっかりと分析し,

今の自分の長所・短所・価値観を知ること。つまり自分自身を知ること。

その上で,大切にしたい価値観,将来やりたいこと,そのためにどのように成長するべきかをしっかりと考えること。

つまり,将来の目標を設定すること。

それを,自己PR・志望動機に落とし込み,就活でしっかりと伝えること。

これが,今日の講義で一番伝えたかったこと。

何故かというと,主体的に生きることが本当に大切だと信じているから。

社会の課題に対し,自分がやりたいことを決め,そのために考えて行動できる人間になってほしい。

企業も主体的に生きていく人間を求めている。

また,単に内定を獲得するという短期的目標というレベルでなく,

主体的に生きることが,成長し,幸せな人生を歩むために本当に大切だと思っている。

企業で主体的な人材は多くて10%と言われている。

残り90%以上の人は,受け身で仕事をしている。

人事部の人はそのことを痛いほど実感しているので,主体的に行動できる人を求めている。

ここで,主体的についてちょっと具体的に説明したい。

例えば,監査法人において,様々な課題があったとする。

クライアントとの信頼関係が弱くなっている。

ここ数年の不景気により上場企業が減少している。

世界で通用するグローバル人材が育ちにくくなっている。

そんな様々な課題があった時に,

望ましい将来を考え,そのために必要なことを考え,そして行動していける人。

課題を解決するために,どんどんアグレッシブに動いていく人。

これが私の思う,本当の意味で主体的に生きている人。

対して,課題に対して,

課題を認識し,不平・不満は言うが,解決策を考え,行動しようとはいない人。

これが,受け身でいわれた仕事はしっかりこなすし,その仕事がうまくいくためにはいろいろ考えるが,

言われた業務以外には興味を持たない人。

法人全体のことや業界全体のことや,日本経済全体のことには興味がない状態。

この差が,成長するかどうか,一流になるかどうかということに対して,非常に大きいと思っている。

そして,主体性の落とし穴が,

あなたは主体性を持って生きていますかと聞くと,

多分かなりの人が 『はい』 と答えること。

ここに大きなギャップがあると思う。

何故かというと,多くの人が,考えて行動しているので。

しかし,与えられた業務や指示された業務に対して,

考えて行動していることが主体性があることではないと思っている。

目の前のことをこなすことに精一杯にならないことが大切だと思う。

本当の主体性は,当然目の前の業務はこなす中で,

もっと,長期的,全体感という視点から,

自分で課題を発見し,目標を設定し,その実現のために考え,行動できる人。

つまり,指示されなくても,長期的な課題や目標を自分から設定できる人なのだと思う。

私の希望は,そういう若者が一人でも多くなること。

現在の様々な社会の課題に対して,主体的に取り組んでいく人が増えることを願っている。

この就活対策講座も,内定を取るという目的の裏に,そんな強い想いを込めて実施したつもりである。

現状認識が大切,目標設定が大切という中で,

人生において,自分という人間をどれだけの人がしっかりと認識しているのか。

人生の目標について,どれだけの人がしっかりと設定できているのか。

多分,この問いにしっかりと回答できる人が10%いないということなんだと。

ここに大きな問題の根源があると思っている。

様々な事に不平不満はあるが,その解決策を考えたり,そのために行動はしない。

何か,他人事になってしまっていて,自分事になりきらない。

私は,教育という分野で,社会の課題に対して,主体的に取り組める人を一人でも多く増やすことを目標にしている。

それが,より良い社会につながっていくことになると信じ,行動しているつもりである。

公認会計士を目指す学生を指導しているのも,

こういったブログで情報を発信しているのも,

ツイッターやFBで色々発信するのも

仲間と勉強会を実施し,お互いを高め合っているのも,

卒業していった学生と人生について語り合うのも,

他の教育仲間と,望ましい教育について議論し,様々なアクションを起こすのも,

すべて,次世代を担っていく若者を一人でも多く育てることに,貢献したいため。


これが私の人生の目標。


まだまだ微力で,どれだけの貢献ができているのかわからない。

しかし,その目標に向かって進み続けることは変わらない。

そのために,もっともっと成長しなければいけなし,もっともっと行動しなければいけないと感じている。

そして,CPAで学んだみんなにも,心の底から,

目標を設定し,主体的に生きていく人になってほしいと思っている。

公認会計士に合格し,その地位にあぐらをかき,成長スピードを止めてしまうのか,

次の目標を設定し,その達成のために,アクティブに行動し,どんどん成長するのか。

是非,みんなには,アクティブにどんどん成長してもらい,

10年後,20年後に,心から輝いている人生を送ってほしいと思っている。


そして,より良い社会を創ることを担っている人材になっていてほしい。


そのためにも,この2カ月~3か月の間,自分の将来のために,

しっかりと自己分析をし,自分の人生の目標について,真剣に考えてもらえればうれしいと思っています。

どれだけ成長し,何を達成できるかは,すべて自分次第なんだと信じています。

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感謝の気持ちを再確認!

感謝の気持ちを持つことの大切さを、最近色々再認識させられる。

子供を二人育てていて、こんなに無償の愛で育ててもらっていたのかという、

両親への感謝の気持ち。

また、色々なことに取り組む際に、

家族や仲間にどれだけ支えられているかを実感し、

周りの人への感謝の気持ち。

人は、自立しているようで、

周りの人と支えあい、生きているんだなと痛感させられる。

だからこそ、自分を支えてくれている人への感謝の気持ちをもつのと同時に、

いかに、自分が周りの人を支えられるのかという気持ちが共存する感覚。

感謝の気持ちを持つすばらしさは、いくつもある。

1.幸せを感じることが多くなる。

 日々当たり前と思っていることが、実は当たり前ではなく、

 支えられていると気づくだけで、感謝の気持ちが出てくる。

 感謝の気持ちが出てくると、当たり前のことが、いかに幸せであるかということを

 思い出させてくれる。

2.感謝の気持ちを持つからこそ、周りの人を支えたいと思う。

 周りの人に感謝の気持ちを持つからこそ、自分も周りの人を支えたいと思える。

 その循環が、より良い好循環を生み出していくと感じる。

3.心が穏やかになり、謙虚になれる。

 感謝の気持ちを感じるからこそ、心が穏やかになり、かつ、謙虚になることも可能だと思う。

 心にゆとりを持ち、何事も謙虚に捉えることは、本当に大切なことだと思う。

自立した個人同士が、支えあっていく社会というものが、すばらしいなと感じている。

そのときに、とても大切な要素の一つが、『感謝の気持ち』であるのかなと思っている。

ちょっと、最近の生活を振り返り、当たり前と思っていることが、

本当は当たり前ではなく、多くの人の支えが合っているからこそ、

当たり前の状態になっているという

視点を大切にしていきたいなと。

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考える力!

今この『考える力』が求められていると思う。

考える力には、2種類あると思う。

一つは、答えのあるものを論理的に考え、しっかり習得する力

もう一つは、答えのないものを論理的に考え、答えを導き出す力

日本の教育は前者に重きがおかれていると感じている。

受験勉強や資格の勉強などのいわゆる偏差値教育に基づくものは、

答えのあるものを論理的に考え、しっかり習得する力を養わせており、

その力が反映される、テストの点数という結果でその人の能力を判断している。

確かに、答えのあるものについて、論理的に考える力は大切である。

指示されたことに対して、その趣旨を論理的に捉え、確実に成果をあげる力。

今の日本の繁栄は、学校教育で、個性を排除し、この指示されたことを確実に遂行する人間を大量生産するには適していたのだと感じている。

その力と、ルールを守る、和の心を大切にするという日本人本来の特性がかみ合い、

高度成長を国民一丸となって支えていたのだと思う。

考える力の土台となる部分だと。

しかし、もう一つの答えのないものを論理的に考え、答えを導き出す力は軽視されてきたと思う。

もちろん、従来の偏差値教育においても、この力の必要性を感じ、

独自で習得し、新たな道を切り拓いてきた先人も多くいる。

ただ、多くの人は、そのような人についていくことで問題が生じていなかった。

彼らの指示を受け、確実に指示を遂行していくことが求められていた。

だからこそ、答えのない問題に対する考える力が軽視され続けてきたのではないかと思う。

ただ、そろそろ教育も転換期を迎えている。

これからの時代には、指示されたことを正確に遂行する力だけでは、厳しい時代が来ている。

答えのない、前例のないものに対し、本質を考え、正しいと信じる道を切り拓ける能力が求められている。

まったく新しいプロジェクトの責任者としてすべてを自分で考えるような力。

エネルギー問題のように唯一絶対の答えのない問題に対して、論理的に正しい道を考えるような力。

このように答えのない問題に対して、正しい答えを導き出す力は、

物事の本質を日々考え、様々な場面について望ましい解決策を考えることで養われる。

つまり、現状に不満を言う、問題点を指摘するだけでなく、

どのような状況が望ましいのか、どうすれば解決するのかという段階まで、どれだけ考えたのか。

考えた量が経験値となり、どんどん考える質を高めていく。

その結果として、答えのない問題に対して、自ら答えを導き出せる確率が高まっていくのだと思う。

この答えのない問題に対する考える力は、すぐに身につくものではないと考えている。

日々考え、考え、考え続けた結果、そのすべての集積として、徐々に養われるのだと思う。

今後の教育は、この力を養うことに視点をおくべきだと考えている。

答えを教えるのではなく、

考える重要性を伝える。考える視点を教える。

課題解決能力・目標達成能力といわれる力を養うために。

こういう方向に、学校教育も、職場での教育も、家庭での教育も徐々にシフトしていくことが求められているのではないか。

そのためには、我々一人ひとりが、考えることの重要性を認識し、日々様々なことに対して、望ましい結果はどうすればいいのかと考えることなのだと思う。

考えることの重要性は認識しているものの、実際どれだけ考えているのかというギャップを埋めることなのだと思う。

そんなことを思うたびに、日々、もっと様々なことに対して、

考え、答えを導きだすことを繰り返し、考える力を養わなければと思ったりする。

ゴールのない、この考えるという道をどこまで進んでいけるのかは、人生の楽しみの一つではないかと。

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楽しむこと!

楽しまないと。

何をやるにも楽しんでやっている人は,輝いている。

その結果,周りの人も楽しくなる。

楽しむことは,本当に大切なことだなと痛感した出来事があった。

昨日,あることを相談した際に,尊敬する先輩に

『それって,今,楽しんでないじゃないの?』

『なんかもっと楽しくやればいいじゃん。それだけだよ』

というお言葉を頂戴した。

ほんとにそうだと!!

最初の楽しさをいつの間にか忘れていた自分に気づかされた。

確かに,もっと楽しんでやろう。

そう思えた瞬間に,何を悩んでいたんだろうと思えてきた。

久々にパラダイムを変換する感覚だった。

基本,何をやるにも楽しくやろうとは心がけているつもりだった。

また,楽しむか楽しまないかは,本人次第だとも思っている。

しかし,ふと気づくと,楽しむ感覚よりも,やらなければいけないという義務的な思考になってしまっていたんだなと思う。

その原因は,物事が進むにつれて,形式が整いはじめ,こうしなければいけない,こうでなければいけないという先入観と固定概念が出来上がってしまうことに起因しているのだと感じた。

すべてのことは,最初は,アイデアだけが有り,まだ何も形作られていない。

だから,それを考えるとワクワクする楽しい気持ちだけがある。

純粋に,こうしたいな,こんなこともできるかも,

あんなことしたらもっと楽しいという純粋な想いだけがある。

しかし,徐々に現実に形が作られていくと,つい,

こうしなければ,こうでなければいけないという思い,こううまくいかなかったらという思いが,出てきてしまっていたのかなと。

それが,自然と思考の硬直化を招いたり,自分に無意味な負荷をかけていたなと思う。

結果,楽しんでいない自分がいてそれでは,周りも楽しくない。

そうではなく,常に楽しんで,自由な発想を持って取り組んでいけばいいだけなのだと。

なにも,こうしなければいけないなどということはない。

それはすべて自分の勝手な思い込みなんだなと。

どう考え,どう行動するのかも,自由。

そして,楽しんでいないと,いいアイデアも生まれてこなければ,結局,何をしていても楽しくない。

だからこそ,とことん楽しんでいこうと。

楽しいことをしているから楽しいのではなく,楽しんでいるから楽しい!

すべてのことに,その気持ちで取り組んで行こう!

単純な,そして,とても大切なことを思い出させていただいた。

そんなことを感じた日でした。


怒りという感情!

怒りという感情。

自分にとって,良くないことが起こり,相手に対してこみあげてくる感情。

この怒りという感情について,考えてみたい。

怒りが生じているときは,

善か悪

味方か敵か

勝か負けるか

というような,2者択一の思考になっていると思う。

そして,敵を如何に倒すかということが目的になっている。

戦争や暴力というものが,怒りという感情の最後の結末だと思う。

ただ,戦争や暴力とは事象は異なれど,

言葉の暴力やライバルを倒すという思考は,本質的な性質は同じである。

これは,特に男性のDNAに組み込まれている根本的な性質なのではないかと思う。

白黒をはっきりつけ,どちらが力が上なのかを誇示したがる性質。

ここにすべての争いの源があると思う。

もちろん競争社会において,勝ち負けは当然に起こる。

勝ち負け自体を否定するつもりは全くない。

競争があるからこそ,お互いに成長し,感動も生じる。

しかし,勝つ目的は,相手を完膚なきまでに叩きのめすことではなく,

お互いが,より高め合い,お互いが成長することにあると思っている。

つまり,その結果,双方がより幸せになること。

しかし,怒りに任せた競争は,勝ち負けだけを目的にした競争になりやすいとも思っている。

その結果,双方ともに疲れ果て,お互い何も得ていない状況になっているのではないか。

たしかに,怒りは,パワーの源泉になりやすい。

だから,怒りを持つことが一概に悪いわけではないとも思う。

ただ,怒りという感情に起因して,心と体が反応するままに対応すると,

大抵望ましい結果を得ないとも思っている。

最も望ましいのは,怒りという感情から出るパワーだけもらうこと。

パワーの源泉はいただき,その後の思考や行動は冷静に行っていく。

怒りを感じた状況を冷静に分析し,どのような状況がお互いにとって,最も望ましいのか。

そして,そのために,何をしていかなければいけないのか。

こういうことを,一緒に考え,実行していこうという雰囲気にお互いがなることが,より良い解決策を生む土台になると感じている。

そうではなく,お互いが怒りに任せ,相手は『悪』・『敵』だから,何が何でも倒せという思考では,何もいいものは生まれないのではないかなと感じてしまう。

もちろん,無関心だから怒らないのとは違う。

起こる原因は,関心があり,本気だからという一面はある。

その上で,関心があり,本気だからこそ,あえて,怒らず,冷静に議論する。

原発問題であろうと,増税問題であろうと,家庭内の問題であろうと,

関心があるから怒りが生じ,怒りに任せて,言動してしまう。

その時に,自分と異なる価値観の立場の人を,叩きのめすことが目的になってしまうことが問題。

それは,争いごと目的が,いつの間にか,本来の目的を忘れ,

自己の正当性を証明したいということになってしまうからではないかと思う。

そうではなく,

もっと,長期的な視点で,お互いの価値観を心から理解し,望ましい解決策を考えていけば,

勝ち負けの2択よりも,双方にとって望ましい(ともに勝ち,ともに得をする)ような解決策が生まれる可能性がある。

もちろん,どんなに議論しても望ましい解決策にたどり着けない場合もあると思うが,

そういう視点から,相手と接し,建設的な議論をしていく価値観が広まることが,

望ましいことなのではないかなと。

ちょっと,怒りと怒りのぶつかり合いの議論を見ていて,感じたことを述べてみました!

 

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まずは考えながら模倣する!

模倣する・やり方を盗むという表現は,ネガティブな意味を持っている人も多いかもしれません。

オリジナリティ-や自分には自分のやり方があるという表現の方がポジティブに聞こえる面があると思います。

しかし,あえて,模倣することをお勧めしたいと思っています。

勉強でも,スポーツでも,仕事でも

いきなり,我流で行い,オリジナリティーや自分らしさを出しても大きな成果は上がらない。

まずは,基本に忠実に,その道の先輩の意見を聞き,模倣する。

そして,完全に模倣できた時に,そこに自分なりの改善を加えたものこそが,

本当の意味のオリジナリティーだと思っている。

一流になるための本当の意味でのオリジナリティーを習得するためには,

以下のようなことが必要だと思う。


1.まずは,自分の目指す道で一流の人をとことん模倣する

 何事もその道の先人にならうことが最も効率的である。

 ゴルフでも,いきなり,打ちっぱなしで打つよりは,経験者に教えてもらう方が早い。

 まずは,王道のやり方を最低限習得することは必要である。

 だからこそ,何事も,まずは,模倣して,盗むという感覚でいいと思う。

2.模倣する際に,しっかりと考える


 何も考えずに,言われたことを模倣していても,一向に成長しない。

 目標を達成するための本質は何か。

 アドバイスをいただいた時に,なぜそれが必要なのか。

 なぜこのやり方が王道なのか。

 すべての物事の理由を,なぜ,なぜと考えながら実行しないと,なかなか本当の意味で模倣できない。

 なぜということを考えずに,言われたことをそのまま実行していることも多いのではないかと思っている。

このなぜが弱いと,本質を見極められず,成長角度が低くなってしまうことが多い。

 同じアドバイスを受けても,人により,成果が大きく異なるのは,

 この本質を考える癖があるかないかに大きくかかわっていると感じている。

 

 素直な気持ちでアドバイスを受け入れ,なぜそのようなアドバイスをしてくれたのかを考えるだけでも大きな違いがある。

3.短期的な小さな成果よりも長期的な大きな成果を意識する

 短期的な成果を意識すると,ついテクニック論に意識がいってしまう。しかし,小手先のテクニックをいくら磨いたところで,本質的な問題は何も解決しないし,大きな成長は見込めない。

 だからこそ,基本となる本質をしっかりとマスターし習得する方が,長期的な成果は圧倒的に大きくなるという意識を持つことは大切だと思う。

 すぐに結果を求める傾向のある人ほど,本質を押さえていない傾向がある気がしている。

 一流の人ほど,今でも基本練習を疎かにしないのは,彼らは,誰よりも基本の大切さを理解しているからだと感じている。

4.完全に模倣したうえで,本質を意識し,オリジナリティーを模索する

 その道で一流と言われている人のノウハウを模倣できた後で,目的を達成するための本質を意識しながら,より良い改善点はないのか,自分の長所短所に適したやり方はないのかという意識を強く持つようにする。

 基本をマスターした後のオリジナリティーこそ,強力であると思っている。

5.我流でやった過去の成功体験を忘れる


 我流でやって成功した体験は非常に危険である。

 不効率な方法を採用したにもかかわらず,たまたま結果が伴っただけである可能性がある。

 それにもかかわらず,本当に大きな目標に向かうときに,基本を大切にせず,

 過去の成功体験に基づき,我流でやることは,成果を出すための確率を大きく下げてしまう可能性が高い。

 優秀な方ほど,我流でもそこそこの成果が出てしまうので,陥りやすいと思っている。

6.短期的に成果の見えないものほど基本を大切にする


 スポーツは,成果の測定がしやすい。スコアにより自分の実力が明らかになる。だからこそ,スポーツの方が,基本を大事にしようとする方が多いと思う。

 しかし,仕事や人間力や勉強方法というものは,測定が難しい。短期的に成長を実感しづらい。

 それゆえ,成長する意識も,基本を大事にする意識も,徐々に薄れる傾向があると思う。

 だからこそ,より基本の大切さを意識することが大切なのだと感じている。

 短期的には,成果はわからないが,長期的には本当に大きな違いが生じる。

 模倣は大切。

 

 しかも,しっかり考えながら模倣する。

 自分が一番になるまでは,模倣し続ければいい。

 

 その上で,基本を習得した上での,オリジナリティーを身に付けたいなと感じている!

 

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自信もプライドも失ったとき!

人が,成長していくためには,自信とプライドを持つことはとても大切なことだと思う。

プライドは,小さなプライドではなく,大きな目標を達成するために必要な本当のプライド。

その上で,

ほぼすべての人が,この自信とプライドを『ズタズタ』に失う経験をしている。

受験で失敗した

資格試験で失敗した

部活で思うように結果を残せなかった

仕事で本当に大きな失敗をした

大きな失恋をした

大学や職場で,上には上がいることを実感した

このように,何かに本気で取り組み,その上で挫折した場合,

現在の自分の未熟さ強烈に痛感し,一時的に自信とプライドを失うことになる。

その時には,自分はなんてダメなんだろうと思ってしまう。

自分の限界を悟った気になり,あきらめたくなる気持ちになってしまうこともある。

しかし,それは,どんなに成功を収めてきた人も,経験していることであると感じている。

多分,水泳の北島選手であろうと,体操の内村選手であろうと。

周りの人にそれを見せたかはわからないが,本人の心の中では,

そういう時期もあったと思う。

その時に,その挫折に負けてしまうか,打ち勝つかの,大きな違いは,

現在の自分がまだまだ未熟であるということをしっかり受け入らたかどうか

そして,将来の自分にならできると信じれたかどうか

なのではないか。

一旦とことんへこんだところから,如何に,這い上がるかどうかなのだと思う。

逆に,今の自分が未熟だからと言って,できないとあきらめてしまう。

未熟な自分を直視したくないので,チャレンジしない方を選んでしまう。

このような思考プロセスになると,失敗や弱い自分を見たくないので,

今の実力で,失敗しない無難な選択肢を選ぶようになってしまう。

その結果,ますます成長しなくなり,いつのまにか,

世の中の様々な事に対して,あきらめの気持ちが大きくなってしまうのではないかと思っている。

だからこそ,大きな挫折をして,自信をプライドをぼろぼろにされた経験を

どう乗り越えるのかが大切なんだと思っている。

学ぶ意識を持ち,どんどん成長し,チャレンジし続ける人生にするのか。

学ぶ気持ちを失い,成長をあきらめ,無難な選択肢を選び続ける人生にするのか。

この選択は,自由に自分で決めれるものであり,かつ,人生に大きな影響を与えるものとなる。

どうせ,一回の人生なのだから,前者を選びたい。

そのために,最も大事なことは,今の自分の未熟さを心から受け入れることなのだと思う。

そうすることで,失敗することや挫折をすることを恐れる気持ちが小さくなる。

この自分の未熟さを受け入れる勇気を持てるかどうか。

本当の強さとは,自分の弱さを直視できることなのかなと。

そして,今の自分を知り,未来に向けて,どのように成長したいのかと,

強く想う気持ちを大切にすることなのだと感じている。

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見えざる契約

『見えざる契約』を意識しているか。

これは,よく言われる言葉である。

信頼を得るために,約束は守ることは基本中の基本。

ただその約束は,契約を結んだ内容や,相手としっかりと口頭で約束したことだけではない。

実は,我々は,契約も結んでいないし,口頭で約束もしていないが,

期待をしているものが多くある。

料理がおいしい,雰囲気がいいと期待していったお店がそうでなかった。

ある人と会うので,明るく楽しい時間を過ごしたいと思っていたらそうでなかった。

この会社の商品なので,品質に問題はないだろうと思っていたらそうでなかった。

このように,契約をしていないが,相手が期待をしていることが

『見えざる契約』である。

この見えざる契約をどれだけしっかりと守れるのかが信頼には大きく影響している。

この見えざる契約の難しいところは,

意識を持っていないと,約束を破ったことにも気づけないこと。

契約を破れば,本人も認識するが,見えざる契約は,破ったほうはまったく気づいていないことが多い。

また,見えざる契約の内容自体も,価値観に依存している部分もあるので,

人によって捉え方もまったく違う。

だから,見えざる契約を完璧に守り続けることはできない。

しかし,見えざる契約を破れば破るほど,相手からの信頼を失っている。

かといって,過度に意識しすぎて,他人の目が気になりすぎても意味がない。

その上で,常に見えざる契約を意識できているのか,

意識できていないのかは大きな差になってしまうと思う。

多くの人に好かれている人や,魅力的な人は,この見えざる契約を大切にしている人が多い。

意識しているのか,無意識で実践できているのかはわからないが,

相手が見えざる契約として何を期待しているのかを,見極める力があるのだと思う。

周りの人とうまくやりたい,魅力的な人になりたいという場合には,

この見えざる契約をしっかりと守ることを心がけることが大切だと感じている。

私も,見えざる契約に気づけないことは多々ある。

ただ,意識していれば,その時は気づけなくても後で気づくことができることも多い。

だからこそ,『見えざる契約』を常に意識して生きていきたいと思う!

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