体罰問題と教育における負荷について考える!

体罰問題が話題になっています。

体罰は基本的に良くない。特に今回の事件のようなことが起こると一層そういう気持ちになる。

理由はなんにせよ,人に暴力をふるうのはよくないこと。

では,なぜ体罰はなくならないのか。

理由は,大きく3つあるのではないかと思っています。

1.感情が先走ってしまう人

 教育の中で叱るということは,大切だと思う。いけないことをした場合に叱られるからこそ学ぶ。家庭でも子供が何かいけないことをした場合に叱る必要がある。

 ただ,叱ることと怒ることは本来違うのだと思う。

 相手のことを想って注意することが叱る

 自分が感情的になってしまうことが怒るなのではないでしょうか。

 その怒るという状況が一定のレベルを超えてしまうと,たたくやぶつという体罰になってしまうのかなと。

2.力で,恐怖心を煽ったほうが手っ取り早い

 本当は,暴力などに頼らず,しっかりと理由を説明し,本人の納得を取ることがいいのでしょう。

 しかし,それには,時間がかかるし,ひとり一人としっかりと信頼関係が築けていないといけない。その点暴力というのは,恐怖心を抱かせることで強制力を持たせることができる。

 たとえば,権力者が,見せしめに処刑したり,罰を与え,他のメンバーの規律を保つという方法は昔からとられてきた方法。これも恐怖心をあおることで統制を素早く行う効果がある。

3.暴力は絶対にいけないという価値観が社会にはない

 これは教育現場だけでなく,家庭でも,社会でも同じこと。

 家庭での子供のしつけに際して,一度もたたく等の行動に出たことのない親の方が少ないのではないか。また,社会でも何かのきっかけで,たたく・ぶつという事態になっていることは良くあることだと思う。

 だからこそ,学校現場での体罰ばかり問題にするのではなく,社会全体で暴力はいけないことというのをしっかりと浸透させることが大事だと思う。

 ただ,暴力は犯罪であるという価値観を浸透させることこそ重要であり,体罰が生じた学校だけを標的に表面上の問題を解決しても意味はないと思う。

 たとえば,社会でも暴力は窃盗と同じように罪だという意識を持ち,暴力をふるったら即逮捕される文化を作る。

 そうであれば,プロ野球の乱闘やテレビ番組等での暴力も同じように処罰したほうがいい。

 そういうものだけ放置しておいて,学校だけに暴力はいけないと言っていても矛盾しているので,そのような価値観は広がらないであろう。

 この3つの原因が生じている限り,体罰や暴力といったものはなくならないのではないでしょうか。

 また,体罰だけが絶対にいけないもので,ゼロにしなければいけないという性質のものではないと思う。

 たとえば言葉の暴力であったり,いじめというものも同じ類ではないだろうか。

 これも学校のいじめだけが問題になるが,職場・仲間内でもそのようなことは日常茶飯事に起こっている。すべての人が何かした,言葉の暴力やいじめの加害者になった経験すらあると思う。

 だからこそ,社会全体で相手の嫌がることはしていけない。もっと人に思いやりを持って接しなければいけないという規範を広める必要があるのではないか。

 その上で,非常に難しい問題が,教育の過程上,どうしても負荷をかけることも必要という側面があること。暴力をふるう必要性はないが,

 厳しいことを言うことも時には必要だし,厳しい態度で接することも必要な場合がある。

 もちろん,その背景が,単に感情的に起こっているだけであれば問題だが,

 相手のためを思っている叱るであれば必要な行為でもある。

 ただ,たとえ叱るという想いでそのような行動に出たとしても,今回のような事件が一切怒らないとは言えない。また,自殺まで行かなくても,精神的に病んでしまうような状況も起こってしまうこともある。

 ここに,教育でどの程度の負荷をかければいいのかという難しい問題がある。

 情熱を持って取り組む教育者ほど,負荷をかける頻度も多くなると思うからである。

 そのような情熱を持っている教育者が,一度そういう事態が生じたからと言って,世の中から一斉攻撃を受けるようでは,質の高い教育などできなくなってしまい,ますます,保護者や教育委員会の顔色ばかり伺い,事なかれ主義の無責任な教育者が増えてしまうのではないかという危惧もある。

 たとえば,こんな子供も中に入るだろう。

 教師に注意された場合に,

 『親に言いつけるぞ』

 『教育委員会に言いつけるぞ』

 『悔しかったら殴ってみろよ。お前の人生終わりだからな』

 こういうひねくれた間違った価値観を持っている子供を叱ることは必要だし,そのような子供すべてにひとり一人十分な時間を持って,納得するまで説明する時間を教師に求めるのも酷ではないか。

 皆さんも周りの知り合いや部下にそこまで時間を使えるかというとそうではないと思います。

 上記のようなレベルの子供は例外としても,大勢の子供を一度に抱えている教師が,本当に悪いことをし,言葉で話しても反省せず,同じことを繰り返した場合には,厳しくしかる必要があるし,時として,手が出てしまう気持ちもわからなくもないと感じてしまう側面もある。

 また,そのようなしつけは第一義的には家庭の教育にあるとも思う。学校でいじめをしてしまうような子供や,社会に出ても暴力やいじめをしてしまうような人に育ってしまった一番の原因は家庭の教育にあるのではないか。

 だからこそ,この問題は,根が深く,社会全体で問題点を再度整理し,長期的に解決策に向かわなければならない問題だと思う。

 今回の様に学校という場で,かつ体罰という形で自殺するという話題性から,当事者たちだけの特殊な問題であり,彼らだけが悪者のような雰囲気が出て,自分たちはそんなこと一切していないという価値観が広まってしまうのは本末転倒だと思う。

 現に年間3万人以上の自殺者が出ている日本。職場の上司からの度重なる度を超したパワハラで鬱になったり,自殺してしまう問題の方が圧倒的に多いいのも現実であり,そのような上司も犯罪者というべきなのではないか。

 そのため,叱るということの意味,どの程度の負荷をかけるべきか,家庭の役割,学校の役割,社会での役割等をしっかりと考え直すことが必要なのだと感じています。

 この問題が単に,学校での体罰禁止という表面的な話で終わらないことを願っています。

 そのうえで,さらに,しつけや教育を行う際に,本当にたたく等のしつけは一切やらない方がいいのかという点ももっと広い視点で議論してもいいのではないでしょうか。

 私も子供のころあまり言うことを気なない子供だったので,良く怒られ,時には先生にもたたかれていました。ただ,自分が悪いことをした場合には,納得していたと思います。

 『やべ,みつかった』というような感覚だったのかなと。

 悪いとわかっていてやっている場合には,厳しく怒らないといくらやさしく論しても繰り返すと思います。

 決して体罰がいいと言っているのではなく,実際問題,本当に悪いことをしたときには,必要な時もあるのではないかと感じる面もあります。

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コメント

  1. レモン より:

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    ビジネスとしては成立しないと思います。
    論点一つ一つの難易度は決して高いものではないが、たくさんの科目を同時並行で一定のレベルまで仕上げなくてはならないところが、公認会計士が難関資格とされている理由として大きいのではないでしょうか。自習で論点を身につける事がメインだと思われますし、稀に必要であれば予備校で質問すれば解決しますし、独学の人はもともとこの試験にお金をかけるつもりは無いんじゃないでしょうか。
    さらに、家庭教師が公認会計士合格者である、という前提から以下の問題点があると個人的には思います。
    公認会計士合格者は、八月の論文を最後に勉強漬けの日々から脱出しているはずです。そのため、論文式の方の内容でしたら話は別でしょうが、最短でも半年以上前に詰め込んだ短答式の細かい論点を、受験生に聞かれて即座に対応できる合格者がどれ程いるか疑問です。受験生のレベルにもよるでしょうけど、受験生の方が詳しいケースの方が多数だと個人的に思います。一方論文式ですと、点数が伸び悩めば、マンツーマンで教えてもらう事に対する需要があるかもわかりませんが、自力でダメでも最初に述べたように大概、予備校で解決すると思いますし、最近の短答を突破している方の標準的なレベルを考えますと、ニーズはほとんど無いと思います。
    その上、合格者の監査法人の非常勤の時給や、大学受験等の家庭教師の料金相場を考慮すれば、どんなに安くても一時間2000円は切れないのではないでしょうか。その2000円がまるまる懐に入っても多少家庭教師側の不満はありそうですし、一時間あたり2000円以上払ってそのサービスを受けたいと思う受験生が果たしているかな、と。親が授業料を払うにしても、ニーズは無いと考えます。
    ただ、ニーズがあるとしたら、短答用の基礎をあまり付けずに論文式試験に臨んでいる免除者の方でしょうか。しかし、対策されてる方はきちんと基礎もばっちりでしょうし、そもそも免除者の方がどのような学習をしているかは全く存じていない上での意見です。

  2. レモン より:

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    ベテランの講師である、国見先生は、受験生のニーズは十分に把握しているはずです。私が書いたような個人的に想定した問題点は、既に検討済みで、ビジネスとして成立するとの期待があるからあのようなツイートをされたのでは、と感じます。
    私が書いた、ニーズが無いとする理由に関して、どのようにお考えでしょうか。
    お聞かせいただければ幸いです。

  3. 国見健介 より:

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    >レモンさん
    コメントありがとうございます。
    まず,もともとビジネスとして成立させると盛はないということはご理解ください。
    会計士の市場規模・家庭教師の性質上,ほとんどが教師に収入が帰属するうえで,ビジネスにはなりません。大学受験の様に家庭教師はスケールメリットで薄利多売の商売であると思っています。
    だからこそ,資格試験は家庭教師というものが存在していないのだと理解しています。
    ただ,ニーズがあるのであれば,そのニーズを埋めるサービスがあるべきであり,それで喜ぶ受講生の方がいるのではと思いました。
    その上で基本的に独学の方ではなく,大手の予備校さんに通学されている方で,以下のようなニーズがあるのかなと考えました。
    1.合格後のことや・モチベーションについても色々相談したい。
    2.自分の苦手な論点をじっくり教わりたい。
    3.同じ先生に継続してサポートしてほしい。
    4.勉強方法について,その先生の経験のみならず,その先生の周りの友人たちの話も含めて相談したい。
    5.地方で通信で勉強しているので,もっとフォロー体制を充実させたい
    等です。
    大手さんの学校に通われている方で,なかなか質問や相談をじっくりしたくてもできない状況も多々あるのかなと思っています。
    その時に,金銭的な問題を気にせず,
    そのような手厚いフォローを受けたいというニーズがあるのであれば,希望するような合格者とマッチングすることでみんなにとって望ましいものになるのかなと思っています。
    また,合格者の選別は,上位で短期で合格した人等を厳選することで,知識面については問題ないレベルに行けると思います。
    合格者がどうしてもわからない箇所は,我々ポロの講師に質問してもらっても構わないかなと。
    ですので,成績にかかわらず,金銭にはこだわらないので,手厚いフォローが受けたいという人対象になってしまうとは思います。
    家庭教師の方法も対面形式やスカイプ形式など,バリエーションを設けることが可能かなと考えました。
    まあ,どの道ビジネスになるものではなく,単に趣味でニーズがある人に対してマッチングするという感覚ですが。
    ボランティアみたいなものです。
    こんな感じです。

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