アイスバケツチャレンジについて批判が多いことについて!

アイスバケツチャレンジはやっていますね。

毎日投稿を多く見ます。

 

その上で,ここ数日は,アイスバケツチャレンジに批判的な意見も多く見るようになりました。

 

批判の理由は

・チェーンメール・不幸の手紙っぽい手法に違和感

・人の善意を強制するような手法に違和感

・本来の趣旨とはずれて単なる面白いという発想でやっている人が出てきている

・事故に繋がる可能性があるから危険

・難病は,ALSだけではないので,他の支援も必要

etc

 

一つひとつの理由は理解できるのですが,個人的には,この運動に対してとても共感していますし,批判に対してこそ違和感を感じています。

 

その理由は,ALSという難病の認知度は確実に,いや飛躍的に向上し,多額の寄付が集まっているという成果が出ていると思うからです。

何かをチャレンジして,成果を出せば,必ずその反動でデメリットも出るのは当然であり,そのデメリットだけに焦点を当てて批判するということがどうしても個人的には違和感があります。

 

例えば,批判理由のチェーンメール・不幸の手紙っぽい手法に違和感,善意を強制するものではないというものも,確かにその通りの部分はあるのですが,では,その他の方法でこれほど大きな反響を呼ぶ方法があったのか。仮にあったとしても,それを事後的にああだこうだ分析するのは簡単で,最初に思いついたのかということがとても重要だと思う。自分ではやっていないのに,欠点だけ批判する人は,安全地帯から自分の正当性・道徳観を単に証明したいだけで,本当に難病などで困っている人を助けたいなんて思っていないのではないかとも感じてしまう。

 

また,本来のALSの趣旨から逸脱している人も多いという批判も,確かにその通りだと思う。ただ,本来の趣旨に賛同し行動した人も多いのではないか。これだけ活動が広まれば,趣旨を正しく理解しない,単に面白いからやっているという人が現れるのは必然であり,そのことも持ってこの活動を批判するということは,すべての世の中に広まった活動を批判するのと同じなのではないか。

 

次に事故につながるから反対という理由も確かに,その通りの部分はある。しかし,事故につながる可能性がゼロの活動などあるのだろうかとも疑問を持ってしまう。事故が少なくなるように最善の注意を払うのは必要としても,リスクがあるのだからやめるべきだという発想は,違うと思っている。それこそ,すべての活動に事故のリスクはあり,それでもトータルで得るものがあるからこそ,その活動を行うのだと思う。子供に多少危険な冒険をさせることだって,事故の可能性はゼロではないが,成長のために必要であればやらせるのと何が違うのだろうか。

 

また,最後の難病はALSだけではないという理由も確かにその通り。全人口の数%は何かしらの障害を抱えているし,貧困国などでとても苦しい現状を過ごしている人々も多くいる。でも,それとこれとは別問題であり,こっちにも寄付をお願いしますという意見を言って批判している暇があれば,アイスバケツチャレンジの様な運動を企画するほうがよっぽど多くのお金や支援が集まり,本当に困っている人を助けることにつながるのではないか。

 

確実に寄付は集まったし,批判している人は,本当にALSに限らず普段から寄付をしているのでしょうか。普段から寄付を多くしている人ほど,多くの寄付が集まるのは素晴らしいと感じるのではないでしょうか。

 

なので,アイスバケツチャレンジは素晴らしい活動だし,これを思いついた人は天才(不慮
の事故で亡くなってしまったようで,本当に残念です)だし,ここまで活動を広めるのに貢献してきたアイスバケツチャレンジをつないできた人は素晴らしいの一言。

 

それにもかかわらず,その活動のメリットに目を当てず,デメリットだけを見て批判する意見が非常に多いことに,本当にこの国は,チャレンジに寛容でないなと感じる。こういう国民性だと,いつまでたっても何か新しいチャレンジをする人は増えないし,そういう意見を言っている人が,チャレンジの目をつぶしてしまっているという一面をもっと直視したほうがいいのではないかと感じてしまう。

 

その上で,上記批判の内容がより小さいものになるように最善を尽くすことは求められるので,同じ意見を発信するにしても,アイスバケツチャレンジすごいね。とてもいい運動だね。その上で,この辺をもっとこうすると,さらに最高の運動だよね。という発想で,運動自体にも,運動を広めた人自体にも,もっとリスペクトを持って,発信するほうがよっぽど建設的だし,みんなが幸せになるのかなとも思ってしまいます。

 

もちろん,個人の意見は自由なので,批判する人,賛同する人がいて当たり前なのですが,なんか,自分は大して行動もしていないのに,行動した人を批判するということを感じたのが今回の一件でした。

 

まあ,この一件で私も含め多くの人が,難病や寄付について関心を持って,かつ,色々考えるきっかけをいただいただけで,ありがたいことなのではないかなと思っています。

 

全ての人が収入の1%~3%という額を自然に寄付するような社会ができたらいいなと願っています。

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