安保法案を観ていてなぜ左派と右派は分かり合えないのかについて考えてみた!

安保法案が昨日可決成立しましたね。

我が国の戦後70年の歴史の中で一つの節目の日であったことは間違いないと思います。

 

その中で、昨日の可決までの間の賛成派と反対派の誹謗中傷合戦を観ていて、意味のない議論が続いているなという感覚を持たれた方も多いのではないでしょうか。

多くの方は、益々左派も右派もなんだかやだなと感じているのではないでしょうか。これでは、益々政治離れが加速し、日本の民主主義は成熟していかないなと感じています。

 

そこで、なぜ、左派と右派は水と油の様に分かり合えないのか。

その辺を今日は思うがままに書いてみようと思います。

 

1.左派・右派とはそもそも何か

 左派は、左翼・革新・リベラルなどいろいろな言い方があり、これまでの習慣・制度・考え方などを人権や平等を目指して、急進的に変革していく立場や思想のことを言います。

 右派は、保守などの言い方があり、これまでの習慣・制度・考え方などを尊重し、時代の趨勢の変化によりそれらを変える必要性が生じた場合にも、緩やかに改革していく立場や思想のことを言います。

 

 日本で言うと共産党や社民党が左派、自民党や次世代の党が右派となります。そして、最近では民主党はどんどん左派寄りにシフトしていると感じます。

 

 左派と右派の起源は、フランス革命までさかのぼります。フランス革命は、従来の王様が絶対的権力を持つ絶対王政に反発して、市民が人権と自由を勝ち取るために行った市民革命です。

 従来の絶対王政体制を維持しようとするのが保守、人権と自由を勝ち取ろうとするのが革新というわけです。その議会の際に、議長席から右側に保守陣営が座り、左側に革新陣営が座っていたために、右派・左派という言い方に繋がりました。

 

 近代国家において、人権や自由は個人主義の台頭とともに、非常に重要なテーマであり、現代社会は、どんどん人権や自由が広まっていると言えます。そういう意味では、左派的な思想である個人主義が世の中に広がっているということが言えます。

 

 対して、保守は、人権や自由はとても大切であるが、社会全体の秩序が保たれなければ、人権や自由も実現しないため、全体主義的な思想から、社会や国家全体がうまく回ることに意識を置いています。そして、全体を上手く回らせるためには、個人の人権や自由が多少は犠牲になる部分は仕方がないという発想を根底には持っています。

 

 つまり、大型客船が沈没し、100人の乗客に対して90人しか乗れるボートがなかった場合に、一人の人権も犠牲にできないので、誰もボートには乗らないという考えが左派的であり、10人が犠牲になってでも90人を助けるべきだと主張するのが右派的とも言えます。(たとえが適切でないかもしれません。すみません)

 

2.左派・右派の対立軸

 左派は、人権自由を何よりも大切にしますので、基本的には、手厚い社会保障を希望し、格差のない社会を目指すとともに、国家権力による統率を嫌います。左派の究極の社会形態は共産主義社会ですので、私有財産を一切認めず、みんなが平等な社会にしていこうという思想です。

 現に、我が国の共産党も、普段は社会的弱者の見方という政策を主張していますが、最終的には共産主義を目指しているのです。

 

 対して、右派は、国家としてまず全体がうまく機能することを大切にします。そのため、安全保障や財政問題・経済成長についても、まずは国力の維持に重きを置き、かつ、昔からの伝統や文化も大切にしていきます。

 自民党が、安全保障政策を推進したり、増税をしたり、道徳教育を強化しようという政策を進めるのもそのためです。

 

 私が思うに、我々が水槽の中を泳いでいる魚だとしましょう。

 人権や自由という思想は、水槽の中で我々ひとり一人がどれだけ自由に泳げるかという個に焦点を当てています。

 対して、保守は、水槽の水自体が腐ってしまえば全滅なので、まずは水槽が腐らないようにすることが最重要であると考えます。

 そのため、各政策について、常に対立してしまうのです。

 自民党が国力の維持のために行う政策は、どんな政策でもそうですが一部の社会的弱者にはマイナスに働く部分があります。その部分を左派は徹底的にたたくという構図があるのです。

  TPP・原発・特定秘密保護法案・安全保障法案・憲法改正など、多くの制作について左派が反対するのはそのためです。

 

3.そもそも生命体としては

  人間以外の生命体はどうしているのでしょうか。基本的には、動物でも、植物でも、個は関係ありません。如何に次世代に遺伝子を継承するかという視点から生きています。そのため、魚なども群れで泳ぎ、一部が敵に食べられても、全体としては全滅しないようにしているのです。

  つまり、そもそも生命体は、種の存続を第一に掲げているので、個が死ぬこと、個の誰が死ぬことにはあまり興味を持っていないと言えます。

  対して、人間は、高度に発達した社会に生きていますので、すべての生命体を活かすことができるようになってきました。そのため、他の生命体ではあまり考えられない、個の自由、個の人権、個の命の大切さを重視できる文明を手に入れることができたと理解しています。

 

  現在の人権や自由も、高度な文明で経済的に余裕があるからこそ、社会保障も充実し実現しているのです。

 

4.左派と右派の対立軸

  ここで、社会はすべて全体としての統制と個人の人権・自由のバランスで成り立っています。全体としての統制を重視しすぎると、中国共産党の一党独裁政権の様になってしまう危険もあります。逆になんでも間でも個人の人権・自由を重視すると、社会はカオスになってしまいます。

 たとえば、殺人を犯したい人がいますが、社会の統制として殺人を犯してはいけないという統制を掛けれいるわけです。これも、殺人をしたいという人の自由を制限していると言えるのです。

 

  そのため、現代社会では、

  格差問題についても、社会的弱者の人権を制限している

  原発問題についても、被災地の人の人権を制限している

  特定秘密保護法案についても、言論の自由を制限している

  安保法案についても、平和に生きたい自由を制限している

  などが、左派側の反対しそうになるわけです。

 

  対して、右派は、

  格差問題についても、まずは国力を上げないと社会保障を充実させる財源が手に入らない。もう少し競争を促し、国民全体が提供できる価値を高めないと国力を維持できないと考えます。

  原発問題にしても、燃料費4兆円が毎年かかるので、そのお金を生活保護や貧困家庭の教育費に回すほうが全体としての総和は高いと考えます。実際4兆円あれば、教育費をすべて無料にする、現在の生活保護費を倍にできるぐらいの財源と言えます。

  特定秘密保護法案も、スパイが蔓延している社会において、諸外国と協力して国を守るためには必要であると考えます。

  安保法案も、世界全体の平和を守り、中国などの軍事国家からの侵略を防ぐためには、アメリカやアジア諸国と協力し、みんなで犠牲も分かち合い、協力して平和を勝ち取ろうと考えます。

 

 このように、すべての論点で議論がかみ合いません。

 アメリカでは、共和党と民主党という右派と左派の政党が2大政党制としてうまくバランスをとって運営されています。

 

 しかし、我が国の日本は左派が全く成熟していないという問題と、右派の過激な方が一定割合いることが問題を複雑化させていると思います。

 

 左派が成熟していないというのは、我が国の左派は、全体を上手く機能させるという視点に興味がなさすぎると思います。

 たとえば、格差問題についても、減税して、社会保障は充実させてほしい

 安保も、原発も特定秘密保護法案も、自分たちの人権や自由が少しでも脅かされるものは全部反対

 というように、じゃあどうすればいいの?ということに対する対案をほとんど持っていません。

 理想を掲げるだけで、民主党政権時代の様に、いざ自分たちで決めないといけなくなると、途端に何もできなくなるばかりではなく、自民党と同じような政策に急遽変更したりする有様です。

 また、共産党は、共産主義社会を目指していますので、背後には中国などの影響があります。中国は本気で尖閣諸島や沖縄を奪おうとしている事実をもっと我々国民は知らないといけないと思います。中国共産党などは、日本を弱体化させたいので、弱体化させるのに好都合な左派陣営を裏で支援したりしています。

 

 現沖縄県知事がとても親中派で中国を訪問したり、中国は沖縄を占領もしくは琉球王国として即率させたいと本気で思っていること、沖縄だけ自民党がすべて敗れる、毎年何百回も中国は日本の領空を犯して戦闘機を飛ばしているなどの事実をもっとしっかりと受け止めないといけないと思います。

 

 対して、一部の右派も過激すぎて問題があります。いまだに大日本帝国憲法こそ最高であり、我が国の伝統と文化を軽視する人間は売国奴だなどと、戦前の思想をそのまま持たれている方もいます。

 また、自分たちの価値観こそ正しいと信じ込み、若者世代の価値観を認めようとしない姿勢の方も多くいることも大きな問題だと思います。

 そのため、左派と過激な右派の議論は、いつも自分達こそ正義であり、相手は人として悪だという人格攻撃に繋がります。それでは議論が建設的に進むわけはないのに、お互いで罵倒し合い、自分たちの正当性を主張することに終始しているのです。

 

5.今後はどうしていくべきか

  では、今後日本の民主主義社会が成熟していくためにはどうしていくべきか。そこには大きなポイントが二つあると思います。

  まずは、統制と人権・自由のバランスを現代の社会や若者の価値観に合わせて模索していくことこそ大切であるという共有認識を広めること。

  つまり、今後、変えなければいけない統制と、今後も維持していかなければいけない統制を、個人主義の価値観が広まっている現在を素直に受け入れ、その中で、一人ひとりの人権と自由を最大限優先しながらも、全体として統制が取れるバランスを模索する方向で、左派も右派も共有認識を持たない限り、議論は、10年たっても平行線のままではないでしょうか。

 

  もう一つは、左派ももう少し社会の全体像に対して学び、全体がうまく回ることへの意識も置くべきだと思います。格差是正や社会保障の充実に際しても、どうすれば財政的に回るのかをセットで政策を示す。特定秘密保護法案や安全保障についても、中国やテロ組織の脅威に対して、どのように平和を維持するのかの具体的な対案を出す。そういうことをしていかないと、多くの国民の理解を得られないので、リベラルが目指す格差の少ない社会になかなか向かっていかないと思っています。

 

 今回の安全保障も、弁護士・憲法学者・ミュージシャン・作家・教育者というような人権や自由を優先する思想の方々と、共産党を中心とする左派が多く反対していました。

 逆に、経済界や多くのビジネスマンは、今回の安全保障法案の進め方には反対だけど、結局は自民党を支持しているという現状があります。

 

 どちらの主張が正しいか、正しくないかの2項対立ではなく、どちらの主張も正しい側面を持っている。どうすれば、全体もうまく回しつつ、個人の自由と人権を維持できるのか。そこをしっかりと議論していく政治が必要ですし、そこを理解している国民が増えることも重要なのではないかなと思っています。

 

 個人的な考えは、右派と左派のいいところを両方取り入れたいと思っています。格差はない方がいいと思っていまして、すべての人が幸せに自由に生きれる社会を目指すためにも、国力を高めないと社会保障制度も崩壊していきます。そのため、原子力発電所は将来的にはなくすべきだと思います。しかし、現在毎年追加でかかっている燃料費分を生活保護や貧困家庭の教育費に回すほうが効果は大きいと思っていますので、すぐに全面廃止には反対と思っています。

 また、税金の無駄遣いを徹底的になくすことは前提の中では、消費税などの増税も今の財政状態を勘案すると、タイミングの問題はありますが、やむを得ないと感じています。

 

 また、特定秘密保護法案や今回の安保法制も、やり方が強引であり、憲法改正をしてから順番を守るべきであったとは思いますが、現在の世界の平和を維持する観点からは、わが国だけは協力しないというスタンスを継続することは困難であり、中国がこれだけ海洋進出して生きている中で、日本もアジア諸国と連携してアジアの平和に貢献しないといけないと思っていますので、強引だったことには反対ですが、集団的自衛権自体は、必要なのだと思っています。

 これは、その方が戦争が起こる可能性を下げられると思っているからです。(間違っていたらすみません)

 その上で、今後どのように運用されるのか、時の権力者が勝手に利用できないようにすることと、将来的には、憲法を改正し、正しい運用がなされるようにする政治に進むように監視し続けることは重要だと思っています。

 

 上記の自分の意見に大反対の方も多いと思います。思想はもちろん、個別の政策まで行けば、他人と自分がすべての意見で同じということもあり得ないと思っています。

 ただ、その上で、思想や政策に対する考えが違うからこそ、建設的に議論し、どのようにバランスをとっていくかをじっくり議論していかない限り、現在の民主主義社会の未来はないのではないでしょうか。

 

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